ファはそこで言葉を切って、両手の指先を組んだ。何か不安に思うものから自分を守ろうとするような、そんな思いが見えた。
「見せて貰ったことがあるのよ、カミーユが見ているものを。その全てをとても受け止められるものじゃなかった……どこか怖いくらいだったわ。」
彼女の指先に力が入るのが分かる。ナナはその連ねられた言葉の意味を考えながら、背中に何か冷たいものが走るような気がするのを必死に堪えていた。
「でも、ふっとそれが軽くなったの。何も怖くなくなったわ。だってその時カミーユが見ていたのって──」
「──瞳の中には貴女だけ、ってオチじゃないわよね。」
低い声のナナの指摘に、『きゃっ、』と声になるかどうかの返事をして、ファは両手で顔を覆ってしまった。ナナは『はぁぁぁっ。』とわざとらしく声を出した溜息をついた。
「ごめんなさい……」
「いーわよ別に。しかしそれが作り話でもなさそうだってのが怖いところだわね」
こくん、とうなづくファの頬はまだ赤い。ナナは冷めてしまったジャスミンティを飲み干した。
「今日はどうもご馳走様。そろそろお暇するわ」
「あら、そう。大したお構いもできなくて。今度はテオと一緒に来てね」
「一応言っとくわ。検診の件よろしくね」
「任せといて。ちゃんと遅刻しないで来てね」
ナナは観念して片手をあげた。
「……はいはい。じゃ、主任さんによろしく。」
「伝えとくわ」
幸せそうなファの笑顔が、ドアの向こうへ消えた。
「怖くなくなった、かぁ……」
バス停でカミーユとファのフラットの方を振り返って、ナナはそう口に出してみた。だからこそ彼女は彼のそばに居られるのだろう、そんな事を考えた。自分には、とても出来そうにないことだった。バスはまだ来そうにない、ナナは端末を手にとると、テオにメールを打ち始めた。
「ただいま、」
「お帰りなさい。お疲れさま」
帰宅したカミーユはネクタイを外しながら大きく息をついていた。
「あら、ほんと疲れてるみたいね。大丈夫?」
「人と会うのは疲れるよ。」
「仕方ないわね、仕事だもの。それとも、ナナの方?」
「両方かな。」
言いながら表情は笑っている。それを認めてファもほっとしたところで、カミーユがきょとんとしてみせる。
「何でナナが来たって知ってるんだ?」
「家にも寄ってくれたのよ。ほらお土産」
ファが開けてみせた大きな袋の中には、見覚えのある缶と箱がある。
「家にまでくれたのか、」
ペニンシュラの紅茶とチョコレートを取り出して、呆れたようにテーブルの上を眺める彼がどこか可笑しい。
「家にまでって?」
「研究室宛てにも貰ってるんだよ、さっき頂いてきた」
「あら。じゃお夕飯入らない?」
「ちょっとだけだって。今夜何?」
「ナナのホンコン土産を使って──」
その思わせぶりなファの言い方に、カミーユはぎょっとしてやや身を引いた。
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