「な、何?」
「麻婆豆腐。」
「良かった……」
「なぁに。怪しいわね」
「何でもないったら、」
研究室での一幕とは違い、ファはいつかの『ホンコン土産』の何たるかを知っている──と思う。いや実際に彼女がその現物を目にしたのかどうかはカミーユには分からないままだし、怖くて確認する気にもなれないままだが、過去のちょっとした出来心の尾が今でも引きずるなんて勘弁して欲しいと思ってしまうカミーユだった。
食後にチョコレートをつまみながら、カミーユはナナに貰った一月遅れの誕生日プレゼントを披露しつつ思い出話などをした。彼の誕生日にニホンのトーキョーで発行された新聞のコピー。その日付は本来の彼の誕生日ではないのだけれど、今となってはその日こそが誕生日だと思っている日付のもの。何故カミーユがそう思うのかは色々思うところあるらしくて、ファはそれとなく距離を置いてしまう。だから、自分達の生まれた頃の出来事にひとしきり話題の花を咲かせて、そのことを忘れようとした。
「誕生日の話なんてナナにした覚えないのにさ、気を使ってくれて。」
新聞をたたみながらカミーユがそんなことを言うのに、ファが応えた。
「良いお友達じゃない、大事にしなくちゃ」
「友達って……いうのかなぁ、やっぱり」
ファはお茶を入れ直しながら言った。
「呆れた。一体何だと思ってたのよ彼女のこと」
「天敵。」
ファは黙ってティーカップをカミーユの前に音を立てて置いた。
「ファ?」
「そんなこと、間違ってもナナに言っちゃ駄目よ」
「向こうもそう思ってるって。」
揶揄を含んだカミーユの声音に、ファの声が低くなる。
「本気じゃないわよね。」
「まぁね。」
「ならいいけど。」
ファの答えに、明らかに笑みを含んでいた彼の瞳の色が、ふと深くなる。
「ごめん、」
そう言ってカミーユはファの膝に顔を埋めた。突然のことに戸惑いながら、ファは彼の頭をそっと抱いた。
「誰に謝ってるの?」
カミーユはうつむいたまま答えなかった。ファはふっと微かな笑みをこぼすと、彼の長めの髪を梳いた。どれだけそうしていただろう、カミーユが膝から顔を上げてファを下から覗き込む。首に腕を回して口付けて、そのままファを抱き寄せてソファに倒れこむ。ついばむような口付けを交わして顔を離す、まみえた彼の瞳の中には──
『わたししか居ない、なんてことは有り得ないけど』
ファの瞳にその思惑を読み取ったのか、カミーユは瞳を離さずにファの頬をそっと撫でると、声にならない声で囁いた。
あのときと、同じ言葉。
視界が涙で滲むよりも早く、寄せられる唇に目蓋を伏せる。
ようやく彼が身を起こして、ファの乱れた髪を軽く撫でると、彼女の胸元に頭を預けてくる。口の中に残る、甘くてどこかほろ苦く、そして熱い後味。そのまま動かないカミーユを訝って、身体を軽くゆすると、彼は掠れた声でぼそりとこぼした。
|
|