Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>赤い祝福

 部屋に戻って袋を開けてみる。入っていたのはアンクレットと綺麗な赤のマニキュアだった。個性的な色使いの環と、それに色味を合わせた、ちょっと変わった形の瓶に見覚えがあるような気がして記憶を辿る。シンタとクムを探しにフォン・ブラウン市のアームストロング広場へ行った時に、広場の屋台でセットで売られていたのを見掛けたものだ。確かにふと気に留めたものではあったけれど、シンタとクムを探すのが先だし、第一、今のこの状況では使いそうにないものだと、諦めたものだった。

 カミーユと別行動の時に見ていたものだったのに、カミーユは自分が屋台を覗いていたのを見ていたのだろうか。まるで気付かなかった。
(でも、何だってこんなこと──)
 そう思って、ふと時計に目が止まった。カレンダーの数字は、10月9日を示している。
(わたしの誕生日?)
 だったらカードくらい付けてくれてもいいのに。そうは思ったが、そこまで望むのは、今の状況では欲張りかも知れなかった。飾り気のない紙袋が、カミーユの性格をそのまま表しているかのようで、何だか愛しかった。

 それにしても、マニキュアはともかくアンクレットとは、カミーユは一体何を考えているのか──よく、分かるけれど。
 あれは昨年の夏だったかしら、珍しく一緒にプールへ行った時に、ちょっと気取ってアンクレットとペディキュアでお洒落をして。目を止めた足先から腰へと視線を動かしてきたのに、ふと顔を見合わせたときの、あのカミーユの真っ赤な顔ときたら。思い出して、つい、くすくすと笑みがこぼれた。


「ファ姉ちゃーん!」
 シンタとクムが賑やかに部屋に戻ってきた。行方不明騒ぎを起こしたこの子供達は、ファと別れたくないからと、苦手なお風呂に隠れていたのである。フォン・ブラウン市の爆破事件に巻き込まれたとばかり思っていただけに、二人を見つけた時には力の限り抱きしめたけれど、その後は勿論大目玉を食らわせた。普段は元気な子供達もこの時はさすがにしゅんとしていたが、一晩眠ったらまた元気にアーガマの中を飛び回っていた。
「何処行ってたのよ。今は皆忙しいんだから、大人しくしてなさいって言ったでしょ?」
 フォン・ブラウン市を出たアーガマは、アステロイドベルトから地球圏へ戻ってきたザビ家の残党・アクシズと接触すべく、月面を離れた時の戦闘の損傷を修理しながら航行していた。艦内は緊張でピリピリしていて、子供達が疎んじられるのは目に見えていた。やはり無理にでも降ろしていた方が良かったのかも知れない。この後のことを考えても……そうは思うが、アーガマにはもう引き返す余裕はなかった。
(この子達は、わたしが守らなくちゃ。)
 そのファの思いは、強かった。だから、子供達を叱る口調にも力が入る。
 シンタとクムは目を見合わせて、おずおずと口を開いた。
「大人しくしてたもん」
「迷惑はかけてないわ。聞いてくれてもいいから」
「そうなの? なら良いわよ」
 そう言って、ファはにこっと微笑んでみせた。シンタとクムも顔を綻ばせて、後ろ手にしていた箱をファに差し出した。
「ファ姉ちゃん、ハイ」
「なぁに?」
「今日、お誕生日なんだって? おめでとう!」
 ファは腰を屈めて二人から箱を受け取った。
「ありがとう。でも、誰に聞いたの?」
「カミーユ兄ちゃんに」
「カミーユに?」
 考えてみれば、そういう話題を出しそうな人物も他にあまり思い浮かばない。珍しくお喋りね、とは思うけど、今はただ、嬉しかった。
「開けてもいいかしら」
「うん、開けて開けて!」
 箱を開くと、二つの可愛いケーキ……に見えるけどケーキではないものが入っていた。
「……サンドイッチ?」
 一つは、ポテトサラダを絞って飾りつけ、ショートケーキのイチゴよろしく赤いプチトマトが乗っている。もう一つはイチゴジャムとリンゴで彩られたフルーツ仕立てだった。
「お誕生日って、ケーキ食べるでしょ? でもケーキは無理だったから」
 子供達なりに、考えてくれたのだ。
 子供達の一生懸命な気持ちが一杯につまったその『ケーキ』を見て、ファは目元が潤むのを感じた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
 後で食堂のスタッフにお礼を言っておかなきゃ、と思いながら、ファは二人をぎゅっと抱き締めた。


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