子供達を寝かしつけて、ファはそっと部屋を抜け出した。ある部屋の前で足を止めて、声を潜めてドアホンに話し掛けた。
「レコアさん……いいですか?」
『ファ? いいわよ』
開かれたドアに体を滑り込ませて、ファはレコアの部屋に入った。
「すみません」
「気にしないで。──今日あなた誕生日なんですってね。おめでとう」
「あ。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるファに、レコアは微笑んだ。
「子供達が触れ回ってたわよ。ちょっと時間が遅かったかも知れないけど」
「あの子達ったら……」
「カミーユに、何貰ったの?」
そうレコアに問われて、ファは上目遣いにくすりと笑みを浮かべると、そっと手袋を外してみせた。
「あら。」
「ちょっと、赤すぎるかなって思うんですけど」
指先を彩るマニキュアは、鮮烈な色彩を放っていた。
「ファにはそのくらいの方が似合うわよ。──服とか、メイクにもよるけど」
そう言って、レコアはコスメボックスを出してきた。
「いらっしゃい」
手招きをして、ファを鏡の前に座らせた。マニキュアの色に合わせてルージュを選ぶ。
「東洋系っていいわね、肌のきめが細かくて。ファンデーションいらないじゃない」
そう言いながら、レコアはファの唇を赤く彩っていった。目元と眉とのポイントメイクを添えただけで、少女の顔はぐっと華やいだ。
「その制服だから、これが限度ね」
鏡の中で、変身した自分をぼうっと眺めているファの隣に、レコアの微笑があった。レコアはコスメボックスを片付けると、ふと開け直して、小瓶を一つ取り出した。
「これが欲しかったんじゃない?」
レコアがファに手渡したのは、エナメルリムーバーだった。
「あ……そうなんです。すみません。お借りしていいですか?」
「あげるわよ。お誕生日だし」
微笑むレコアに、ファも笑顔で応えた。
「ありがとうございます。良いんですか?」
「使い差しで悪いんだけど。──もう使わないと思うし」
「ほんと、そうなんですよね。こんなの貰ったって、使わないのに……」
ファは、レコアの顔から視線を落として、自分の指先を彩る赤い色を見詰めた。
「だからじゃないかしら。」
レコアのその言葉に、ファは顔を上げた。
「本当は使って欲しいからじゃないかしら。カミーユって、案外そういうロマンチストな所ってあるじゃない」
「そうですね。」
──本当は、ファには、マニキュアでお洒落をするような、そういう平和な世界に居て欲しい。
そういう彼の想いも分からなくはない。けれど、
(わたしが居たいのは、カミーユのそばなのに)
その自分の想いも、分かって欲しいと思った。
「さっき、レコアさんカミーユと何話してたんです?」
「それを、あなたに渡してくれって頼まれたのよ」
レコアはそう言って、くすくす笑い出した。
「まったく、ヘンケンキャプテンといいカミーユといい……男って、どうしてあぁなのかしらね」
ヘンケンからエマにプレゼントを渡してくれと頼まれた時のことを思い出して、レコアはそう言葉を継いだ。
「ヘンケンキャプテンは……ラーディッシュを離れられずにレコアさんに託されたのでしょう? カミーユは、ただの子供ですよ」
同じアーガマに居て、何故レコアに託す必要があるのだろうか。
「そうね、子供ね」
そのレコアの声音は、笑っているようでもあり、そうでない響きを伴っていた。
「レコアさん……?」
「何でもないのよ。最近大人びてきたかしらと思ったのに、やっぱり子供なのねって思って」
レコアの言い分は、何となく分かるかも知れないとファは思っていた。自分がずっと知っていたカミーユと、今のカミーユはどこか別人にも思えるほど変わっている部分があるのに、子供っぽいところはまるでそのままなのだ。そういう部分を見つけるとどこかほっとして、でも、どこか物足りなくも思うのだった。
|
|