「これじゃないのか?」
「そうそうこれこれ。さんきゅ。」
トーレスはシャツを受け取ると、アポリーが棚に置いたハンカチに目を止めた。
「あ、これってクワトロ大尉の。」
「そうなんだ、でも今はここしか空いてないからな。」
トーレスとアポリーがそんな会話を交わす頃、ようやくカミーユの待ち望んだ電子音の二重奏が鳴った。今度はファも目を覚まし、周囲の視線がそれとなく集まっているのに、ぱっと顔を赤らめた。
「やだ、いつの間に……」
カミーユは先に席を立って自分の洗濯物を回収し始めた。トーレスがそれを見て、
「お。珍しいじゃん、乾燥機使ってる。」
と、何の気なしに声を掛ける。
「良いだろ別に、」
ファが自分の洗濯物をバスケットに入れながら、ちらっとカミーユの方を向く。トーレスがシャツを軽く丸めながら、カミーユに言った。
「でもさ、カミーユってクワトロ大尉と一緒にランドリーに居た訳だ。」
「それがどうかしたのか? あんな不文律なんて馬鹿馬鹿しい。」
あからさまに不機嫌な声音のカミーユに、ファが尋ねた。
「あんな不文律って?」
そこでトーレスが、ファにもう一つの不文律の説明をする羽目になった。
『クワトロ大尉がランドリーに居る際には、何人たりとも近づくことなかれ』
という代物である。
「そんなの知らなかったわ。だから不自然なくらい誰も居なかったのね。」
「知らなかった訳じゃないけどさ、その特別扱いは納得いかないな。」
口を尖らせるカミーユに、トーレスは笑った。
「そういうお前も十分特別だよ。」
「でも、何でそんな話になったのかしら?」
「ランドリーに居る大尉って何となく場違いだから近付きたくないとかさ、」
カミーユがしれっと言うのに、トーレスがまた笑う。
「あ、お前でもそう思うんだ。でも理由はそんなものじゃない。」
「じゃあ何なんだよ?」
「これには恐ろしい由縁があるんだ。」
トーレスは声を落としてニヤリと笑った。
―― 一年戦争の頃、『通常の三倍のスピードで洗濯機を使えなくした』とある赤い制服のジオン軍兵士の噂がまことしやかに囁かれていた。その洗濯機を次に使おうものなら、まるで返り血で染めたように洗濯物が赤くなってしまったという ――
「何せその勢いと来たら、酷い時には一人で一度に五台の洗濯機を使えなくしたってんだからちょっと恐いよな。これが『ルウム洗液』とかって言われてる逸話。それ以来、赤い制服を着た奴には要注意ってのが軍の習いって訳さ。」
自分も赤いジャケットを着ているくせに、トーレスはもっともらしく言った。
「でもそれってまるでクワトロ大尉がその赤い――って人みたいじゃない。」
素直に口にするファをよそに、カミーユは頭を抱えた。
「それじゃ『ランドリーに近付くな』って不文律の理由にならないじゃないか。寧ろ『赤い奴専用機』とかって作っておくのが筋じゃないのか?」
真面目にツッコミを入れるカミーユに、トーレスは苦笑した。
「じょーだんだってば。昔話だよ昔話。」
ひらひらと手を振るトーレスに、ファはきょとんとして口を開いた。
「じゃ、真相は何なの?」
「それが……」
さっきまでの調子の良さはどこへやら、トーレスは口ごもった。
「世の中にはな、知らない方が良いこともあるもんだ。」
アポリーが先刻クワトロが見ていた雑誌をめくりながらぼそりと言った。そんなアポリーを見やりながら、カミーユはふと出入り口を振り向いた。
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