Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>不文律

「あれ……?」
「ん? どうした、カミーユ」
「今大尉、来てませんでした?」
「気付かなかったな……」
 アポリーは、雑誌に目を戻した。カミーユは首を傾げて、トーレスに言った。


「トーレス、大尉のハンカチ、取ってくれないか」
「どうすんのさ?」
「届けとくよ。」
 カミーユは自分のバスケットの一番上にそのハンカチを乗せた。
「ランドリーに忘れ物を取りに来るなんて、そんなトーレスみたいなことをする大尉って、ちょっと想像したくないよな、」
 カミーユがくすりと笑うのを、トーレスは軽く小突いた。
「俺みたいって言い方が気に食わないが、確かにな。」
「慌ててた風には見えなかったんだけどな……」
 退室するクワトロは、至って普段通りだったのだ。でも彼なりにカミーユとファに気を遣ってくれたとでも言うのだろうか……

 ファを部屋まで送り届けると、彼女はそっと顔を近づけて、
「最後まで付き合ってくれてありがとう」
 と、頬に軽くキスをした。カミーユがきょとんとファの顔を覗くと、
「時間、合わせてくれたんでしょ。」
 と言う。カミーユは『何のことだよ、』とそっぽを向いたが、鼻先をこする仕種で照れているのが分かる。ファはもう一度耳元で『ありがとね、』と言うと、静かに部屋に入った。カミーユはほっとしたように一息つくと、廊下を引き返した。

 カミーユが、とりあえず自分の洗濯物を部屋に置くが先か、大尉にハンカチを届けようか……と考えあぐねながら廊下を歩いていると、目的の人物が姿を見せた。

「あ、大尉。ちょうど良かった、」
「何だ?」
 相変わらず濃いサングラスの下の表情は読み取れない。カミーユはクワトロのものと思われるハンカチを手渡した。
「これ、大尉のですよね。」
「あぁそうだ。ありがとう。すまなかったな、」
「いえ。」
 うなずきつつ、微かな笑いを隠し切れないカミーユに、クワトロは訝しげな声音で尋ねた。
「どうした?」
「大尉でも、忘れ物をすることもあるんですね。」
「ハンカチ一枚で助かったがな」
 珍しく、声を立てて笑うようなクワトロに、カミーユはどこかしらほっとしている自分に気付く。しかし……

「カミーユ?」
 心の中の、別のどこかにある不安。しかしそれを問うことは、カミーユには今もできなかった。だから、彼は全く別のことを口にした。
「大尉……どうして最後まで付き合ってくれなかったんです?」
「……どういうことだ?」
 クワトロは本当に分かっていないらしかった。だから、カミーユは速攻で機嫌を損ねて、
「もぅ、良いですよ!」
 と言葉をぶつけると、その場から大股に歩き去ってしまった。クワトロはハンカチを手のひらでたたむと、さも釈然としない風に首を傾げた。

 確かにクワトロはカミーユとファに気を遣ってくれたのだろう。そういうことをするから、ハンカチ一枚忘れるという彼らしくないことまでしでかしたのだ。しかし、ランドリーにカミーユとファが二人きりだったのはほんの僅かの間でしかなく、『不文律』を守っていた他のクルーがクワトロの退室を見届けてランドリーに押し掛け、ベンチに並んで二人ともうたた寝をしていたのがすっかり見世物になってしまったのだ。


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