本当にもう何も残っていないことを確かめて、クローゼットを開ける。そして、わざと一揃いだけ残しておいた私服をそっと取り出して、鞄の一番上に詰め込んだ。それは彼が彼女の前から姿を消した時に着ていたものだった。あの日には彼はまだ普通の――確かにちょっと普通じゃなかったかも知れないけれど――少年だったのだ、彼女と同じハイスクールの学生の。それがどうしてこんなことになってしまったのか、夢なら覚めて欲しいと思わずにいられない。だけどもうここに彼がいないのは、たまりはじめたほこりを見るまでもなく冷たい現実だった。
鞄をクローゼットの中に入れておいて、クリーナーをかけておくことにした。そういえばあの年頃の男の子にしては結構まめに掃除をしていたような気がする。部屋を尋ねると留守にしていて、引き返そうとしたら洗濯物を抱えた彼とぶつかりそうになって機嫌を損ねたこともある。そう思い返せば懐かしいのだけれど、懐かしいなどと思ってしまう自分が悲しくて、彼女は掃除に専念することにした。
鞄を片手に下げて主のない部屋を振り返る。彼の居た空間はこんなに広かったのだろうか。こんな鞄一つにまとまってしまうくらい、彼の残したものは小さかったのだろうか。その場に居たたまれなくなって、彼女は部屋を後にした。洗濯し直したベッドのシーツの上に、微かな染みを残して。
そして、彼女は二度とその部屋に足を踏み入れることはなかった。
(9706.11)
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