それからというもの、カミーユは『悪戯』に没頭した。彼自身のアクセスコードを使っているから、特に不審に見られることはなかった。メインコンピュータヘのアクセス時のチェックは厳しいが、一度アクセスしてしまえば、それ以降は自由に振る舞うことが出来る。尤も、最高位のガードが掛かっている場所は別だが、この際そういう所に用はない。トーレスがカミーユを巻き込んだ理由の一つは、このアクセスコードにあった。
そしてもう一つの理由は……
From: Fa
To: Torres
Subject: May I ask you?
突然のメールでごめんなさいね。
最近カミーユと何してるの?
そこまで書いておいて、ファはメールを送信せずにアクセスを切った。最近どうもあの二人の仲が良い。別にやっかんでいる訳でもないが、気になって仕方がないのだ。何か企んででもいるのではないかとしか思えない。どうせろくなことではないだろう。なのにトーレスに声を掛けてもはぐらかされるし、かと思えば絶妙のタイミングで敵襲がある。最近見かける普段のカミーユはと言うと、最悪の人間関係の直中に放り出されような顔をして、声を掛ければ喧嘩になるのが関の山だ。なのにトーレスだけは接触を許されているようで、ファとしては複雑な気分だ。
『私にも心配する権利くらいあるわよ……』
確かにこの所、戦況は厳しさを増していた。その一方でカミーユにかかる負担は大きくなってゆく。誰にも心を開かないよりは、トーレスとだけでも打ち解けている方が、彼にとっては良いのだろう。
でも、何故自分ではいけないのか。カミーユはトーレスと何をしているのか。何度もめぐる思いは、ファを非力という名の闇で押しつぶそうとする。
『私には何も出来ないの? そんなことないわよね、カミーユ……』
彼の名が、闇を散らす呪文であればいいと思いつつ、いつしかファは眠りにおちた。
「カミーユ、待ってよ!」
いつもの調子でファの声が通路に響く。こうなったら最後、二人には関わらないほうが良い。どうせいつものレクリエーションなんだから。クルーは笑って、そう言った。
「うるさいな、何だよ。」
とりあえず返事をしてみせるだけ進歩したと言えるのだろうか? そんな考えを頭の中から追い払って、ファは今日こそ聞き出してみせようと切り出した。
「ねえ、……最近何かあったの?」
「何がさ、」
「おかしいわよ。何してるの? ……トーレスと。」
その言葉に驚いてみせたのはほんの一瞬で、冷たい笑みを浮かべてカミーユは言ってのけた。
「嫉妬かい? ……なら俺じゃなくてトーレスに聞くんだな。あいつは俺と違って優しいからさ、」
踵を返すカミーユの腕を捕まえて、ファは彼を半ば振り向かせた。
「放せよ、」
「真っ直ぐこっちを見てよ、カミーユ」
黒い瞳の中に、自分が映っている。でも……?
「……ぁ、ほら、シンタとクムが探してるぞ、」
言うなりファの腕をほどいて、カミーユはリフトグリップの速度を上げた。後に残されたファと、通路の角に消えるカミーユを見やって、シンタとクムは顔を見合わせた。
『どうしてしまったんだ一体……?』
逃げ込むように自室に戻ったカミーユは、ドアを後ろ手にしたまま、室内灯も付けず肩で荒く息をしていた。なんであんな一言に動揺したのだろう。いや、あの目……?
かぶりを振りながら仰向けに寝ころがる。目を閉じても落ちつかず、ますます気がささくれたつだけだ、ベッドサイドの時計がぼぅ、と闇に浮かんでいる。その数字を何気なく眺めていると、不意に背中の方が淡く光りだした。慌てて飛び起きると、室内端末のモニタがタイマーで作動したらしい。室内灯を付けながら見やると、モニタの映像のハロがケタケタ笑っていた。
『そっか、ここのところずっといじってるから、部屋に入るとオートで立ち上がるようにしといたんだっけ、』
自分のしたことにため息をついて、半ば茫然としながら昨日までの処理を確認する。あともう少しでハロウィンのプログラムは完成する。グラフィックの処理はもう少し手を入れたいが、凝りすぎても仕様がないし……。
自分でもよくやるよ。暗い画面に映る自分に向かって、悪態をついてみた。
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