Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>陽炎の夏

 戦闘が一時止んだ頃に、ファがアーガマを訪ねて来た。下宿に戻ってみると、カミーユの姿が消えていたのだという。勝手にアーガマを離れた身でと前置きしつつ、ファは涙ながらにカミーユの捜索をブライトに懇願した。今のアーガマの中心戦力を担っているのは、シャングリラから乗艦したジュドー達であり、彼らはカミーユと行動を共にしたことはない。カミーユについて知っていることは、彼らと元々のアーガマクルーの接点になってくれたファが、その身を挺してまでも守ろうとしている人だということくらいだった。いや――ジュドーはもう少し知っていた。ファから聞かされた彼の身の上のこと以外にも、彼自身が何かをジュドーに伝えようとしたということを。カミーユがアーガマを下りるその時の、あのほんの一時の出会いが、きっとジュドーをここまで連れて来たのだ。あの時確かに何かを受け取ったのだ、しかしその意味するものが何なのか、あの時のジュドーには分かるべくもなかった。ただ、ここまでの戦いの中でその意味がつかめてきたような気がしていた。だから、もしここで彼に再会できるのなら、何らかの答えが得られるのではないか……ジュドーはカミーユを捜そうと言い、彼の無事を祈りつつ、操縦桿を握った。

 そんなカミーユ捜索の最中、サンドラの第二波がアーガマを襲おうとしていた。それを察知したエルピー・プルが、ひとり修理中のガンダム・マーク2で出撃し、サンドラへ向かった。ブリッジをつぶせば終るというのがプルの目論見だったのだが、片腕のマーク2ただ一機ではあまりにも非力だった。マーク2の後方に回ったサンドラ隊のアリアス・モマのバウがマーク2に狙いを付けた時、プルの心に声が響いた――

『……敵は後ろだ……』

 はじめプルはその声をジュドーのものだと思った。兄のように慕っているジュドーが自分の窮地を救ってくれたものだと信じて疑わなかったのだ。《声》はプルの支えになり、戦況は好転しつつあった。ところが、二人の避けようのない誤算がこの連携を崩し、ついにはマーク2墜落という結果をもたらしてしまった。サンドラに搭載されていたモビルスーツ――《声》はそれを『悪魔のマシーン』と呼んだ――にマーク2が接触したとき、二人はそれぞれの感覚域において動揺してしまったのだ。その正体を知る者と知らない者という違いはあったが、その存在に思う所は同じだった。その一瞬を付かれてしまい、マーク2の機体は浜辺に落着した。墜落の衝撃で意識が薄れる中、プルは《声》の主を探した。

 プルの単機でありながら孤独でない戦いとほぼ時を同じくして、ジュドー達も《声》を聞いていた。それは単独で戦っているプルのマーク2を支援するためのものであり、マーク2墜落後に響いたものもまた、この少女を救うためのものだった。《声》に導かれて仲間が集まってくる。無線などではなく、心に直接イメージを伴って響いた《声》。聞いていた最中は自然に受け止めていたものの、こうして集ってみると、自然に受け止めていたそのこと自体が不思議にも思えてくるのだった。現にこうして、迷うこともなく落着したマーク2の所に全員が顔を揃えているのは、その《声》のおかげなのだ。あれは一体誰だったのだろう? それぞれの心の片隅にその疑問はあるものの、目の前で苦しそうにしているプルという現実がそれを浮上させないでいた。ところが、当のプルが掠れるような声でファに告げた。

「わたし、知ってるよ。カミーユの居る所……」

 ファは驚きの表情を隠せないでいた。だが、今はこの少女を救うのが先だとファは首を振った。ジュドー達はこれでようやく《声》がカミーユのものだと分かったのだった。ファの話によれば、自分が何をしているのかも分からないというそんな人に、何故こんなことが出来たのか?と一瞬は訝った。しかし、あれは現実に起きたことなのだ。その現実はとうに受け入れている。あの《声》を聞いてしまって、それを疑うようなことは出来はしないのだ。プルがカミーユの元に案内するといってきかず、その気迫に負けるように、ジュドーはプルを抱いてそこから少し離れた岩場へと歩いた。プルは特に何処かと場所を示した訳ではなかったが、ジュドーには充分だった。

「カミーユ……っ!」

 はじめ、その姿も陽炎の悪戯なのかと思ったほどに、その場に溶けこむような透明な色彩を帯びたその人は、ファが呼ぶ名前にゆっくりと首を巡らせて立ち上がった。彼女を認めているのかいないのか、力なく見やる瞳はどこか霞がかっているようにも見える。ファはそんな彼の存在を確かめるように抱きしめるのだが、彼はぼんやりと彼女を見やることしかできないでいた。これが本当にあの人なのか? 先刻まであんなに自分達を支えてくれた《声》の主がほんとうにこの人なのか? 疑念などいくらでも持てる、しかし――これが現実だった。



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