それが一番よく分かっているのが他ならぬファだった。カミーユが無事でいて良かったという安堵、そして先刻まであんなに近くに居た彼が、また遠くに行ってしまったことを知った悲しみ。皆が見ている前だというのも忘れて、ファは泣き出してしまった。今はとにかく泣いていたい。この海に涙を流してしまえば、またいつもの日々が戻ってくる。だから今は、泣いていたい。ファはカミーユの胸に顔を埋めて泣き続けた。
そんな二人を、ジュドー達はなす術もなく見守るしかなかった。とても声をかけられる雰囲気ではない。尤もジュドーは内心、『ファさんをあんなに泣かせて、あんたは何も思わないのかよ?』と怒鳴り散らしていたのだが。プルや俺達をあぁまで支えられた人なんだから、目の前に居るファさんだって支えられるはずなのに……そう思うと、もどかしくて仕方なかったのだ。そんなジュドーの眼前で、カミーユの表情がふと変わったように見えた。
「泣いて、いるの?」
「カミーユ……!?」
ファは、そのカミーユの声に本気で戸惑った。彼はまっすぐにこちらを見て、自分に話し掛けているのだ。ぽつり、とこぼれてきたような言葉ではあったが、紛れもなく彼の肉声だ。
「どうして、泣いているの?」
続けて発せられたカミーユの言葉は、たどたどしい声音ではあっても、明確な質問の形式を取っていた。ファは戸惑うのを止めて、覚悟を決めることにした。うまく質問を繰り返させれば、もっと自発的な言葉を引き出せるかも知れない。
「何故って、カミーユ、あなたが泣かせるからよ。あなたのおかげで、私はいつだって泣かされてばかりだわ」
「泣かされて、ばかりなの? でもどうして泣くの?」
言葉の後半だけを返された格好になった。応対は短めにした方が良さそうだとファは考えた。
「悲しいからかしらね。どうしてかしら?」
「悲しいと泣くの? なら、悲しい事ばかりだったの?」
逆光の位置にあるカミーユの瞳は、その青い色彩を深めて見えた。そんな瞳で覗きこまれて、ファはいつになく自分の鼓動を強く感じていた。
「そうね……でも逆に、嬉しくて泣く事もあるわ」
涙を拭いながらファは答えた。無事にアーガマに帰還した彼に、涙ながらに抱きついたことだってある。あの時は、そこに彼がいるということだけで嬉しくて、つい涙をこぼしてしまったのだ。今となっては、まるで幻のような、それでもほんの少し前のことだ。
「嬉しい? じゃ、今泣いているのは嬉しいの?」
カミーユは微かに目をしばたいた。彼は『悲しい』と『嬉しい』は反対の意味の言葉らしいとわかっているのだろうか? しかしそういう彼の口調は、段々はっきりしてきていた。一言ずつ確かめるような、少し高めの声ではあっても、彼がファに問いかけているのは確かだ。
「嬉しいわよ、あなたが無事でいてくれたのだもの。でも、それでもまだ悲しいのよ私。」
ファはつとめてゆっくり話すようにして自分でそう答えながら、その通りなのだと自分に向かってつぶやいた。嬉しいのに悲しいなんて――
「嬉しいのに悲しいの?」
自分の胸中にあった言葉をカミーユに持ち出されて、ファは一瞬戸惑った。何故だろう? それを自分で考えていた矢先なのに。
「本当に……心の底から嬉しいのではないということよ」
多分私の答えはそうなのだろう、とファは思いながら答えた。いつ水没するか知れないこの足元の岩場のように、いつ現れるか知れない陽炎のように、今の彼の状態も一時のものなのかも知れない。本物の嬉し涙は、彼が本当に戻ってくる時まで取っておきたいようにも思うのだ。
「心の底から嬉しいと思えないのも、それで君が泣くのも、僕のせいなの?」
また微かに滲み始めたファの視界で、カミーユの瞳の色味が一層深みを増したように見えた。言葉の端に現れた一人称と二人称に驚きつつも、ファは同じことを繰り返してみせた。
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