Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>陽炎の夏

「そうよ、みんなあなたのせいだわ、カミーユ。」
 二人の居る渚は、そこだけ切り取られたかのように、まるで違う時間が流れていた。潮を含んだ渚の空気が、陽炎とともに身にまとわり付いて、時間の流れまでゆらめかせているようだった。

「嬉しくさせてみせてよ……」
 ファのうつむいた面からくぐもった声が漏れた。カミーユはそんな彼女の前髪をそっと払うと、そのまま両の手でファを抱きしめた。

「カミーユ!?」
「どうして良いかわからない……こんな事しか僕には出来ないよ?」
「そうなの?」

 返す言葉が見つからないまま、ファはそう言って彼の言葉を待った。声は――彼の声は聞きたかったあの調子に戻りつつある。ふわり、と風に乗って消えてしまいそうでいて、それでも余韻を残すあの声に。

「そうだね――ほんと、君を泣かせてばかりいたらしいな僕は……君の泣き顔はよく思い出せるのに、嬉しそうな顔がどんなものか、ちっとも思いだせやしない」
「思い出せないなんて、忘れるなんて酷いわ」

 一旦カミーユから身を引いたファは、逆にその唇を寄せた。いつかの淡い約束を、彼女は忘れていなかった。カミーユが二度目に地球から帰ってきた時の、彼へのバースディプレゼント替わりのキスに託したあの約束。私のことを忘れないで、と彼に告げた日のことを。

「忘れないでって言ったのに、約束したのに! ……なんとなく私分かっていたんだわ、恐かったのよ、またあなたが居なくなるんじゃないかって――前に地球から帰ってきた時みたいに――そうね、その時はよかったわ。でもまた段々遠くなって、手が届くところに居るのに手が届かないの――」

 彼がそれをどう聞いていようとお構いなしという勢いで、言いたいだけ言ってしまうと、とうとうファは両手で顔を覆って泣き出した。カミーユは、手が届くところに居るのに、まさに手が届かないのだから……

「手が届かない?」
 その言葉を繰り返して、カミーユはついさっき目の前の女の子を抱きしめた自分の手を見つめてみた。何だろう……手を伸ばして――手は届くのか届かないのか……届かない……差し伸べた手は拒まれて、何度も、届かなかった……いや、でも――?


 陽炎のような断片的なイメージの中に半分意識を置きながら、カミーユは岩場を数歩ほど登ったので、ファに背を向ける格好になった。自分の脇を通り過ぎる少年を、少女は涙を浮かべたままで振り返った。カミーユが目を向けた先には、ジュドーとプルが居る。じっと彼らを見据えながら、カミーユは一呼吸おいた。その視線を受け止めた二人は――いや、その場に居た誰もが知らず息を飲んでいた。

「手は――届いたのか?」
 その青い瞳が、答えの在処を射貫くようにこちらを見ている。彼と同じ様に一呼吸おいて、ジュドーは答えた。

「あぁ、届いた。」
「あたしにも、届いたよ、カミーユ」
 プルも答える。

 そう……、と声にならないつぶやきを漏らしたまま、伏せ目がちにカミーユは海の方を振り返った。また少し風が吹き始めたようで、カミーユの長めの前髪が彼の表情を余計に隠すような格好になった。そんな彼からは見下ろす位置のファが、そっとその手を差し伸べた。何も言わずに、ただ、涙をぐっとこらえて、その両目で彼を捕らえるように。


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