「ニルギリのお客様は?」
「僕。」
「アールグレイは……」
「私です」
「こちらがマルバティーになります。」
「ありがとう」
ウェイターが去って、その聞き慣れない名前を注文者に問う。
「どういうお茶なんだい?」
「見ててご覧、」
テオは面白そうにカップに湯を注いだ。青い花の色をそのまま溶かした水色が、青磁のカップに美しく映える。
「ハーブティーは皆そうだけど、これは病除けのお茶でね。色も綺麗だし家でも時々飲むんだ」
「確かに綺麗な色のお茶ね。青いなんて」
ファが感嘆してつぶやく。さっきまで散々青色談義をしていたナナとカミーユは少しバツが悪そうに、自分達の飲み物に口を付けた。
「青っていうのは空と海の色だからね、人が憧れる色ではあるね。」
「憧れの色?」
今度はテオとファの青色談義である。
「だから青は綺麗、って結び付くんだよ。ま、冷たさや清潔さを連想させる色でもあるから、余計に純化されるんだろうけど」
「純粋なもの、混じらないもの。それが青という色にあるイメージなのかしら?」
「そうとも言えるね。だから憧れる色なのさ。」
「ふぅん……」
ファがお茶を飲み干すのを見計らって、カミーユが声を掛ける。
「そろそろ行こうか、」
「ん……そうね」
席を立つ二人にテオが言う。
「付き合わせたね。勘定は僕がしておくから」
「悪いよ」
カミーユがカードを出そうとするのをテオはあくまで遮った。
「じゃまた今度返してもらうよ」
「分かったよ。ご馳走様」
「どうもありがとう。お先に」
カミーユとファは階下へ去っていった。
「――さっきも、青の話をしていたのよ」
踊り場でファのスカートが円を描くのを見送りながら、ナナはテオに話し掛けた。
「どんな?」
「踊り場のところに青い絵があるでしょ、その話でね」
ナナは件の絵を振り向いて示した。テオもナナの肩越しに見やる。
「あぁ……『カイロ・ブルー』ね。さっき見たよ。ケンジ・ミヤザワの詩編が元だろ?」
「そうよ。でね、カミーユが聞くのよ、何故青なのかって。」
「それで?」
テオは身を乗り出し気味にして問う。
「青は悲しみの色でしょ、って答えたのよ。でも彼の意図は何故悲しみが青と結び付くのかということだったのね。それで彼から出て来た答えというのがね――」
ナナは赤いお茶の水面を眺めながら言葉を継いだ。
「記憶にある色なんだって。彼の。」
「記憶に、ね……」
テオは二杯目のマルバティーにお湯を注いだ。ぱぁっと青い色が広がる。
「ちょっと、恐かったの。」
「何が?」
青いお茶を眺めていたテオは、その声音にぎょっとした。
「その色が、見えたから。」
「見えた?」
「カミーユの瞳の色よ、」
あの静かな青は、そういう色だったのかと気付く。
テオはレモンを取ってマルバティーに絞り入れた。青いお茶がピンク色に変わる。
「だからと言って、それが悲しみだけに繋がるものでもないだろう?」
「でも……」
「さっきも言ったじゃないか、青は憧れの色でもあるのさ。確かに混じり気のない青は美しいけれど、こんな風に変えられる青もある。空も海も、青いだけじゃないだろうしね」
確かに、カミーユの瞳の青は形容し難い色ではある。これが人の瞳だろうか、とてもこの世のものとは思えないその青が、実に様々な色を内包しているのをテオは知っていた。
「だったら何よ、」
テオの意図が今一つ読めなくて、ナナは苛ついた。そんなナナの額をテオは小突いた。
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