Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>Kyrie

II U.C.0094

 フォン・ブラウン市立大学医学部の図書館を出たところで、テオ・ランツフートは珍しい人影を見つけて声を掛けた。
「カミーユじゃないか、どうしたんだ? こんな所で」
 入学した時の同級生に声を掛けられて、カミーユは微かに表情を緩めた。
「何だ、テオか。健康診断の二次検診でね、ちょっと」
「なるほど。それで付属病院の方から出てきてるんだ」
 全学の健康診断は少し前に実施されている。通常の検診なら、大学本部近くの健康管理センターで行われるのだが、二次検診が必要な場合は医学部付属病院へ出向くことになっていた。カミーユの居る理学部とテオの居る医学部は同じ学内ではあったものの、キャンパスの端から端もいい所で、傍目には別の敷地にも見えるような位置関係にあった。テオが出てきた医学部の図書館は、付属病院から他の学部へ抜ける緑道の脇に建っていた。
「調子、良くないのか?」
「そうでもないんだけどね」
 心配そうな声にそう答えて、カミーユは微笑を返してみせた。それ以上は訊く気にもなれずに、テオも話題を変えた。
「そういえば久し振りだよな。皆元気?」
 テオは当初カミーユと同じ理学部宇宙学総合科に居たのだが、三年から医学部に転部してしまっていた。学部が別となれば顔を合わせることも少なくなり、こんな言葉も飛び出すものである。会話が弾みながら医学部の端まで出てきたところで、ようやく思い出したようにカミーユが口を開く。
「……で、どこまで付いてくる気なんだい?」
「え? いやその……何か飲まない?」
「別にいいけどさ。いいのか? そっちは」
「1コマ空いちゃってさ。おごるよ」
 人懐こい笑顔に誘われて、カミーユはキャンパスの売店に足を向けた。

「いい天気だよな」
 飲み物を手にベンチに腰掛けて、テオはキャンパスの木立を見上げた。つられてカミーユが見上げたそこには、街の天井があるだけだった。
「ま、一応春だしね」
「そういうこと」
 この街で生まれ育ったテオには、この春の日はいい天気、なのだろう。地球やコロニーに比べれば、月面都市の季節など見劣りするものではあるが、確かに春の匂いはする。そのことは、カミーユも悪くないとは思っていた。
「しかしまた、凄い荷物だな」
 ベンチの半分を占領しているテオの荷物を見て、カミーユが呆れたように言った。
「あぁ、今ちょっと、立て込んでてさ」
「医学部も忙しそうだな」
「いや、これは私事なんだけどね。ちょっとバイオリンの特訓中で──あ、そうだ」
 テオは荷物の中から楽器を取り出してみせた。バイオリンにしては骨しかないように見えるそれを、テオはカミーユに手渡した。
「何だよこれ」
「サイレントバイオリン。練習にはこれが便利だからね。なのにどうも音がおかしいんだよ。見てくれないか?」
「楽器なんて分からないよ」
「音声出力のどっかが接触不良になってるんだと思うんだけど」
 じぃっと顔を覗き込まれて、カミーユは自分の荷物からドライバーを取り出した。

「……これでどうかな」
 しばらく中を調べてみて、片方のイヤホンをはめたテオに頷く。ぽん、と弦を弾いた音が響いて、テオの顔が綻んだ。
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。このくらい、自分で直せよな」
「直そうと思ったら、君に会ったんじゃないか。神のお導きだよ」
 弦の調子を見ながら、テオはそう答えた。


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