Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>Kyrie

「でも、何だってバイオリン? テオはいつもピアノだろ」
「まぁ、色々あってね。心得がなくもないからって今回はバイオリンに回された」
「大変だな」
 テオの家は医者一家であると同時に音楽一家だった。彼のピアノは既に師範級の腕前で、医者になれなければピアノ教師にでもなるさと言って笑っていた。そうはいかないだろうことは、テオも分かっているのだが。
 テオの祖父は聖ジュリヤン医科大学の理事長の職にあるのだが、ジュリヤンの教会で演奏会がある時には、テオの一家は何がしか楽器を担当して参加していた。それが、今回はバイオリンでということになったらしい。
「どうもこいつの調子が悪くてさ、練習サボってたりもしてね。大学にまで持ってきて、自分を追い詰めてみたりもするんだけどさ」
 そう言ってテオは笑いながら、楽譜を取り出した。直ったばかりのサイレントバイオリンを手にして、テオはフレーズを奏でてみせた。美しい旋律ではあるが、どこか重い音だった。
「何て曲?」
 片方のイヤホンをはめたままで、カミーユが尋ねた。
「キリエ」
「……って、何だよ」
「モーツァルト、作品番号K.626、レクイエム。入祭誦に続けて歌われるのがこのキリエ。メインは歌なんだけどさ、このフレーズは曲の最後にも使われてるから、集中してやってるという訳」
「レクイエムって──」
 どうにも音楽には明るくないカミーユでも、そのくらいの言葉は知っている。
「鎮魂歌。今度のミサで演奏することになってね。──もう、一年になるから」
「そうか……」
 それきりカミーユは黙ってしまったが、テオはバイオリンを手に演奏を続けた。彼の奏でる音だけでなく、別に録音されていたコーラスも合わさって、実際に演奏される形のキリエがイヤホンから流れてくる。その中の声を聞きとがめて、カミーユがテオの方を向いた。
「この声って──」
 カミーユが挙げた名に、テオは頷いた。
「そうだよ。綺麗なソプラノだからね彼女」
「その、今度のミサでも彼女が歌うのかい?」
「そうだよ。これはこの間の練習の時のでね、やっぱり他の音と一緒の方が弾きやすいこともあるからさ──どうして?」
「ファから、聞いていないんだ」
 そう呟く、カミーユの表情はどこか曇っている。このソプラノはファの友達で、彼女がジュリヤンで歌う時には、必ずと言っていいほどカミーユを一緒に連れ出していた。なのに今回の話は聞いていないというのである。
「君には、話したくなかったんだろうな」
「何でさ」
「内容が、内容だからな。クリスマスみたく、お祭りって訳でもないし」
「一年、か」
 今回のミサは、一年前の戦争の追悼式典なのである。ミサに合わせて演奏されるレクイエムが、モーツァルトの遺作にして未完成の名作だというのは何かの皮肉なのだろうか。天才が自らの死に対して作曲したとも言われるその鎮魂歌は、あの戦争の顛末を思い起こせば、これ以上似合うものはないとも思えるのだが。しかしそれは多分に色をつけて見ようとしているからであって、その歌を歌う人々の祈りの心は純粋なものであるはずだ。

 イヤホンからは、録音されたコーラスが流れ続けている。どうにも、同じ歌詞を繰り返しているように聞こえて、カミーユは尋ねてみた。
「何語?」
「ギリシャ語。古い歌なんだよ、『主よ、憐れみ給え。キリストよ、憐れみ給え。主よ、憐れみ給え。』これを繰り返しているのさ。シンプルな祈りの言葉だよね」
「憐れみ、ね」
 カミーユはそう口を挟んだが、テオは説明を続けた。
「レクイエムの曲全体から見れば二曲目だし、普通にミサで歌う歌でもあるんだけど、シンプルなだけに重みがある歌だと思うよ」
 そう言われてみれば、違う曲で同じ歌を聞いたことがあるような気もするが、歌詞の意味まで気にしたことは今までなかった。レクイエムだなんて言うからだ、と内心カミーユは毒づいたが、やはり気になるのはその言葉だ。


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