言ったものの、彼がさっきまでずっと声を掛けてくれていた人だと分かるまで、時間は掛からなかった。あの時――あんな風に声を掛けてくれたことがあるのはジュドーだけだったから、そう思ってたけど……違うのね。よく似てるから間違っちゃった、ってこともあるんだろうけど。
違うんだけど……ホント、よく似てる。すごく優しくて、素直なのに……口では本心がなかなか言えなかったりもして、思いつめちゃうと見境なくなっちゃうような所も……そっくりだわ。それでいて、ここよりも寒い部分もある、悲しい人。そこはジュドーよりも、ずっと広い……ブライト艦長に初めて会った時も、同じような色を見たわ。アーガマでは会ったことない人なのに……すごくアーガマ・クルーっぽい、って、まさか――
「みんな捜してるわ、あなたを」
「……」
「ねぇ、今どこに居るの、カミーユ!」
しばらく間をおいて、彼――カミーユは答えた。
「すぐ近くさ、前の崖の向こう。」
言ってカミーユはため息をついた。
「久しぶりだな……」
「何が?」
「自分の名前を呼ばれたのを、はっきり聴くことができたのが、さ。」
私は『嘘でしょ』なんて思いながら聞いた。
「じゃあ今まで名前で呼ばれたことがなかった、って言うの?」
「そうじゃなくてさ……」
言ってカミーユは一息おいた。何か考えてるみたい。
「確かに名前を呼ばれたことはある――と思う。ただね、僕には『誰かが僕を呼んでいる』くらいの感覚しかつかめないんだ。一対一ならまだ良いんだけど、周りに別の人が居るとね……名前を呼ばれたって、それが誰のことか分からなくなってしまうことだってあるのさ。そういうこと」
「不安定なのね……分かるわ」
地球に降りてきた時――私が私じゃない、って思った時のことを思い出しながら私は言った。あの時のことは今でも信じられない――信じたくない。ジュドーは『俺を殺そうとしていたのはプルじゃない、別の誰かなんだから、プルが気にすることはないさ』なんて言ってくれるけど……確かにあれは私だったのよ! その前だって、何度も私はジュドーを殺そうとしていた――何度もよ。今からだと考えたくもないけど……あれが本当の『私』だとしたら、今の『私』は……? ――寒い……寒いわ、ここ。凍ってしまいそう……いや! こんな所、もう居たくない――
「ね、お願い!」
私は半分泣きながら叫んだ。
「ここから連れてって……どこでも良いから、早く!」
「どうしたのさ、急に……」
「凍ってしまいたくないの――お願い」
カミーユはしばらく考え込み、やがて言った。
「では行きましょうか、姫?」
「えっ?」
「王子様の所へ行きたいんだろ? 僕は魔法使いなんかじゃないけど、なんとかここから脱出できると思うよ」
くすっと笑い声。
つられるように私も笑った。
「じゃあ連れていってくれるの、魔法使いさん?」
「僕なんかで良ければ喜んで」
声のする方へ、声のする方へ――
寒さと暗さを振り切って、私はようやく見えた彼の胸へ飛び込んだ。
「ありがと……ホントにありがと、カミーユ」
やっとのことで顔をあげて、私は言った。
「やっぱりカミーユは魔法使いよ。二度も私を助けてくれるなんて」
ところが、カミーユは少し視線をそらして言った。
「魔法使いならもっとうまくやってるさ」
「そんなことないわよ!」
「なら、」
そしてまた微笑んで――
「そうしておきましょうか、姫?」
「それでよろしい。なーんてね!」
二人でひとしきり笑った。笑いがおさまると、どちらからともなく、ため息。
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