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 それは、シャアがエドワウ・マスを名乗っていた頃──正確には、エドワウとして、地球で迎えた最後の誕生日の時にまで遡る。

 その日のディナーは彼の誕生日を祝うものだった。水入らず、とまでは言えないまでも、和やかな雰囲気が食堂を満たしていた。養父母であるジンバ・ラル夫妻、メイドたち、そしてアルテイシア。各々が口々に「おめでとう」を言い、この日のために用意された料理に舌鼓を打った。

 何度か繰り返されたこの光最も、今日で見納めだ。来年の今日にはもう地球にはいない──サイド3に居るはずなのだから。
 そしてふと天井を見上げてみたりする。その上にある、虚空を。

「どうかなさいましたか?」
「いや……何でもない。少し考え事をしていただけだ」
「ほぅ……どのような?」と、ジンバ・ラル。
「来年の今頃の事を」
 アルテイシアがけげんそうな顔をした。それを見て取ったジンバ・ラルは、
「然様でございますか」
 と、会話を閉じた。

 その「計画」は、アルテイシアにはまだ知らされていない。直前に打ち明けるつもりなのだ。今は知らせてはならない。

 何だか食事がまずくなった。あれは不用意な言葉だったのかも知れない、と少年は思った。

「ところで……今日のローストはうまく焼けているね。本当においしいよ、」
 これは出任せではない。
「それは有難うございます」
 厨房を仕切っているロアンヌ夫人が頭を下げた。
「いつもおいしいけど、今日は特別にね」
 そう、今日は特別なのだ。もうこのような日は二度と来ないだろう。誕生日だからといって、こんなに心のこもったパーティは、二度とないだろう。

「兄さん、キャスバル兄さん」
 そう呼ばれたような気がして、キャスバルは目を覚ました。時計の針は午前二時をとうの昔に過ぎている。

 目を擦りつつドアを開けると、ネグリジェに厚手のカーディガンを羽織り、その上に何故かエプロンをつけたアルテイシアが微笑を浮かべている。

「もう二時を固っているんだぞ、早く寝なさい」
 そう言うと、アルテイシアはぷっとふくれて、
「兄さんたら……言ったじゃない、夜申に秘密のパーティするって」
「ああ……」
 そう、所詮ジンバ・ラル夫妻は他人でしかないのだ。本当の肉親だけでパーティをして何が悪い──という事で、ふたりだけのパーティをする運びになったのだ。

 場所は厨房の隣の、メイドたちの食堂。目立たないようにするとなれば、ここしかないという訳で。ロアンヌ夫人にだけは打ち明けてあるので、厨房とここの二部屋は自由に使える。

 小さめのテーブルに、ケーキとボットが一つ。ポットに湯を注げば、ダージリンの香りがふたりを包む。その間にアルテイシアは、ケーキに立てたろうそくに火をともしていった。
「さあ、兄さん」
 キャスバルは、この時ぱかりは普通の少年と同じようにうなづいた。そして、一息でろうそくの火を消すと、アルテイシアがパチパチと手をたたいて、この日何度目かの「ハッピーバースディ」を口にした。

 紅茶とケーキだけの、ふたりだけのパーティが殆まった。「家族」でやったものに比べると本当にささやかなものではあったが、ふたリにはこの時さえあればよかったのだ。血を分けた妹とふたり、同じポットの紅茶と切り分けたケーキ。同じ色のプラチナ・ブロンドを古風なランプの光に照らしながら、ふたリだけの時間が過ぎてゆく。

「そうか、このケーキはアルテイシアが焼いたのか」
「そうよ、気に入ってくれた?」
「ロアンヌ夫人のよりもずっとおいしいな。また焼いて貰おうか」
 アルテイシアは嬉しそうに微笑した。あたたかなランブの光の中でブロンドが揺れるのを、キャスバルは美しいな、と思った。おぼろげな母親の面影が、ようやく大人びてきたアルテイシアに重なっていった。


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