Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

「ただいま。」
 とりあえずそう声は出して、居間とキッチンの明かりを灯す。ソファに鞄を投げ出して、手を洗いがてら薔薇を水に付けておく。留守番電話の父のメッセージが帰宅の遅れを告げているが、母からは連絡がない。
『母さん、まだ学校なのかな……』
 などと考えながら冷凍庫からドリアを出してオーブンに入れ、ディスクの続きを読み始めた。

 二杯目のココアに口を付けた時に、玄関のベルが鳴った。父だ。
「帰っているのか、カミーユ?」
「父さんお帰りなさい!」
 ばたばたと足音を立ててくる息子に、フランクリンはここまでの疲れも何処かに消える思いがした。
「あぁただいま。母さんは?」
「まだだよ。連絡もないんだ」
「そうか……タオル持って来てくれないか? 酷い雨だね」
「うん」

 フランクリンの今回の出張は、アメリカでの技術シンポジウム出席のためだった。ヒルダが大事な時にカミーユを放っていくのは気が引けたが、最近は一人でなんでもこなすようになってきたから大丈夫だろうと踏んで出かけたのだが良かったようだ。シンポジウムでの収穫も大きかったし、あとはヒルダの論文が出来れば落ち着けるだろう。風呂上がりにビールを飲もうと居間に入ってカミーユを見た時、フランクリンは洗面所の光景をふと思い出した。
「そうだ、あの薔薇はなんだ?」
「薔薇? ……あぁ、カレンさんが母さんにって」
「ミズサワ君が?」
 フランクリンもカレンは知っている。フランクリンと同じ研究所に勤務しているヒカル・ハヤマの恋人で、ヒカルと同じグライダーのクラブにいる女性だ。逆だ。クラブで知り合って今は恋人同士、だった。カレンの就職も落ち着きそうなので、そうしたら結婚するという話だ――それを思うと、フランクリンはちらと表情を曇らせた。それを見て取ったカミーユが訝しげに問う。
「それがどうかしたの?」
「いや、何でもないよ……それにしても母さんどうしたのかな?」
 取り繕ったフランクリンを助けるように、玄関のベルが鳴った。

「ただいま。」
「母さんおかえりなさい! 電話なかったから……」
「そうね、ごめんね。あら父さんも帰ってるのね」
 そのヒルダを見てとって、フランクリンが声をかけた。
「少し前にな。どうやらその様子じゃ論文は上がったな?」
 ヒルダは頬の赤みをそっと隠しながら微笑んだ。
「えぇ。研究室の皆で打ち上げをしてきたの」
「それはおめでとう。もう少し飲むかい?」
 フランクリンは飲みかけのビールをちらと持ち上げて示した。
「ちょっと頂こうかしら。貴方はどうだったの?」
「あぁ。色々あったよ……カミーユ、母さんのグラスを持って来てくれないか?」
 両親の会話に入れずに眺めていたカミーユは、キッチンでなく洗面所へ向かった。片手で薔薇、片手でグラスを持って居間に入ると、フランクリンが荷物をほどいている。
「カレンさんが母さんにって。」
「あら……お礼を言わなくちゃね。」
 ヒルダは薔薇の花束を抱くとその香しさを楽しんだ。カレンは薔薇作りを趣味にしている。今となっては珍しい、本当に香りのある薔薇を作るのがとても上手だった。
「ミズサワ君は打ち上げ一緒じゃなかったのか?」
 カミーユが持って来たグラスにビールを注ぎながらフランクリンが問う。ありがと、とヒルダもそれに口を付けて、席を立った。
「えぇ、彼女は今日は就職先へ用事があったらしいの。それで家へ来てくれたのかも知れないわね。」
 手頃な花瓶を見繕って、薔薇の水切りをしながらヒルダは答えた。出窓に薔薇を飾って、居間のフランクリンに声を掛ける。
「貴方、ワイン開けない? あの白ならカミーユも飲めるし」
 ね? とヒルダはカミーユに目配せしてみせた。
「そうだな。飲むか? カミーユ」
「こないだの? なら飲む」
 カミーユはまたキッチンへ入っていった。


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