Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

 ニューシート市立第二小学校――カミーユはここの二年生である。尤も、もうすぐこの学年も終わって夏休みが終われば三年生だ。学研都市らしく、両親は大学や企業、政府機関や連邦軍の研究所勤務という子供が多い。それでも最近は、色々と世相があるらしくて、研究所の移転や職員の配置転換が多く、三年生になっても友達のままでいられる子がどれだけいるのか知れない。

「おはよう、ユキヒロ」
 カミーユは友達を見つけて声を掛けた。ユキヒロはおぅ、と返して手を振った。
「なぁ、お前昨日の『スペース・アイ』見たか?」
 子供向けの科学番組である。カミーユはかぶりを振って、 「昨日は見てないや。図書館へ行ってたら帰りのバスが遅れて間に合わなかったんだ」
「そか……じゃ後で見てみろよ。サイド7の特集の続きやってたからさ」
「へぇ?」
 サイド7。月の反対方向に設置された最新のコロニー群である。尤も、第一号コロニーがまだ未完成ながらこの五月に移住が開始になったばかりで、その最新のコロニー建造技術を順を追って紹介するというのがその番組の特集だった。カミーユ達が生まれた頃にはサイド6までのコロニー群は大概整備が終わってしまっていたので、サイド7と共に育ってきた彼らの世代なら、こういう番組も面白く映るのだ。
 ユキヒロ達が話してくれる昨日の番組の内容に耳を傾けていると、先生がやってきた。授業が始まる。

「おはようございます、フランクリン少尉」
 出勤して来たフランクリンを認めて、ヒカル・ハヤマが声を掛けた。フランクリンが言葉を失っているのを怪訝に思いながら、それでもヒカルは笑顔を見せた。
「どうでした、アメリカは」
「あぁ……おはようヒカル。順調だったよ。所長はもういらしているかい?」
「えぇ。」
「そうか、ありがとう。」
 フランクリンは鞄を自分の机に置くと、書類を取り出して再点検を始めた。
「――以上です。」
 所長への報告を終えると、どちらからともなく溜め息が漏れた。
「ご苦労だったな。……しかし、どうしたものかな」
「はぁ。ですが、本人の意志が一番大事ですから」
「そりゃそうだが……君から話してくれないか?」
 フランクリンは所長を恨めしげに見た。だが、 「分かりました。ヒカルには私から話します」
 これは、自分の責任なのだ。

「サイド7に? 僕がですか?」
 ヒカルは信じられないと言った顔でフランクリンを見た。
「そうだ、テム・レイ大尉が君を気に入ったらしくてね。欲しいといってきてくれたんだ」
 アメリカで行われた技術シンポジウムの席で、フランクリンは自分の先輩に当たるテム・レイと再会していた。彼は暫く前からコロニーに上がっていたが、移住が開始されたばかりのサイド7の研究所に今度移る事になったのだという。以前いい人材が入れば紹介してほしいと言われていた時に、ヒカルのことを伝えてはいたが、そんな話も忘れかけていた頃に今度の話が降ってわいたのだ。
「それは……光栄な話です。」
 言葉の影から、相反する感情がこぼれ落ちる。
「即答する必要はないよ。ゆっくり考えてくれたまえ」
 フランクリンはいたたまれずに席を立った。
 ヒカルは、渡された書類を手に、その場に残っていた。

「はい、金属第二講座……あらヒカル。主人がお世話になっております。カレンね、ちょっと待って――カレン、ヒカルからよ」
 大学院の研究室で電話を取ったヒルダは、カレンに代わった。あの話ね……と思うとどうもカレンの顔色を伺いたくなる。
「ん……わかったわ、じゃいつものところでね。」
 カレンは電話を切ると、手早く荷物をまとめた。
「ヒルダ先輩ごめんなさい。ちょっと急用が出来て……」
「いいわよ、こちらは落ち着いたし。どうもありがとう。――それにしても綺麗な薔薇ね。研究室も明るくなるわ。いつもありがとう、カレン」
 片隅の薔薇の花瓶を見やりながらヒルダは微笑んだ。カレンも少し頬を薔薇色に染めた。
「いえそんな……好きでやってるんですから。じゃ、お先に失礼します」
「さよなら」
 カレンの去った後には、薔薇の香りだけが残っていた。

「そんな……!」
 ヒカルの告白に、カレンは言葉を失った。折角二人でこの地で暮らしていこうと、就職先も決まって住む家も見つけたというのに……
「で、どう答えるつもりなの?」
 カレンが詰め寄るのを、ヒカルは見据えた。
「行きたいと思う――行こうと、思う」
「私はどうなるの? ううん、私達はどうなるの?」
 カレンが熱くなる一方で、ヒカルは努めて冷静に話そうとした。
「大丈夫だよ。君さえよければ一緒に宇宙へ――」
「行けると思うの? 折角ヒルダ先輩のおかげでいい就職先見つけたのよ。あれ以上の環境は多分ないわ」
「でも、サイド7でだって君の研究が続けられない訳じゃないし……考えてみてくれないか」
 カレンは、席を立った。
「今日は帰るわ」
 外は、また雨が降り始めていた。


back ◆ 4/11 ◆nextTop機動戦士Ζガンダム