Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

2 きらきら

 折角の日曜日は、またしても雨。翼竜の模型は粗方出来てしまったので、どうせならとモーターを組み込み始めたがなかなか上手く行かない。カミーユがあぁでもない、こうでもないといじっているのを、ヒカルは微笑ましげに見守っている。
「出来そうか?」
 ちら、と一瞥をくれて、少年は手元に視線を戻す。
「出来るよ」
 ふぅん、とそれだけで応えて、ヒカルも手元のレポートに目を落とした。仕事のではなくて、グライダーの技術誌だが。
 雨の日の告白からその後、カレンは気丈にクラブに顔を出すが、ヒカルとの会話は必要最小限といった感じだ。尤も、ヒカルの方もカレンに声を掛け辛いばかりか、所長に前向きな答えは出しておいたものの細かい話はまだ聞いていない状況だ。

『どうしたものかなぁ……』
 つい溜息が漏れる。

 内示を受けた時に、真っ先に考えたのはカレンの事だ。サイド7は新しいコロニーだし、テム・レイの居る研究所で彼女が出来る仕事ならいくらでもあるはずだ。自分の転属の条件にそこまで入れてもいいと、その後フランクリンは暗にほのめかしてくれてもいる。大体彼の奥方がカレンの就職の口利きをしてくれていたりするから、自分の転属の口利きをしたことになる彼が責任を取るつもりでいるのだろう。少々公私混同されているようなきらいもなくはないし、何より、カレンの意志で一緒に来て欲しいと思っているから、こういう話は受けたくなかった。

『やっぱり言っちゃおうかなぁ……』
 視線はレポートにくれてはいても、まるで目が文字を追っていないヒカルを見るにつけ、その思いは強くなる。

 それは、一昨日の夕方のことだった。

 ユキヒロ達と中央図書館に出かけたカミーユの目に、見覚えのある黄色い傘が飛び込んできた。
『――っ、ごめんなさい! ……あら、カミーユじゃない』
 カレンである。
『大丈夫だよ。どうしたんですか? 慌てて』
 傘を持ち直したカレンは、その軽く握った拳で口元を隠すようにした。薬指の付け根が街灯の光を映して光る。
『うぅん。……そう、図書館へ行こうと思って』
『今日はもう閉まりましたよ。――市役所に行くんじゃなかったの?』
 この時カレンが睨んだと思ったのはカミーユの気のせいだろうか? でもカレンは愛想良く笑ってみせた。
『そう、閉まっちゃったの……残念ね。でも教えてくれてありがとう。気を付けて帰ってね』
『さよなら』
 カレンはその場で見送っている。カミーユがちら、と振り返った時には、彼女は背を向けて行政区の方へ姿を消した。

『移民局へ行くんだ、カレンさん』
 市役所というのはとっさに替えた言葉だ。中央図書館がある一角はニューシート市の行政区であり、市役所のみならず連邦政府の出先機関が立ち並んでいる。その中にスペースコロニーなどへの移住窓口である移民局があるのはカミーユも知っていた。何故カレンが移民局へ行くのかは分からない。それ以前に、何故『移民局』などという言葉がついて出そうになったのかも分からない。

「ねぇ、ヒカル?」
 ためらいがちに声を掛けると、ヒカルはレポートから目を上げて応えた。
「なんだい?」
「えっと……配線、これでいいのかな?」
 また違う事を聞いてしまった。
「どれ、かしてごらん」
 ヒカルはカミーユの手から翼竜を受け取ると、細い配線をたどりながら調べてくれた。カミーユが上目遣いに自分の顔を覗き込んでいるのに気づいて、何やら気恥ずかしくなる。
「どうしたんだ?」
「どうかしてるのはヒカルでしょ」
 まるでカレンの口から出てきそうな台詞に、ヒカルは思わず笑い出した。
「どうもしてないよ。――ここまではちゃんと出来てるから、あと一息、頑張ってみな」
「うん」
 そう言われてしまうと、翼竜を返して貰うのに手が勝手に出ていたりする。またレポートに目を落としたヒカルの横顔をちら、と眺めて、カミーユも最後の仕上げに掛かることにした。


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