Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

 知らず、レポートに没頭していたヒカルは、不意に立ち上がったカミーユに気を取られて何事かと首を巡らせた。カミーユは神妙な顔をして翼竜を掲げると、空中へと放った。翼竜は勢いで空を切ると、ばたばたと音を立てて格納庫を舞った。わぁ……と声にならないような歓声をあげて、カミーユは翼竜を目で追っている。その瞳はきらきらと輝いていて、ヒカルにある言葉を思い出させた。

「やったな、カミーユ」
「うん!」
 屈んで両手で肩を抱くヒカルに、カミーユは頷いた。二人はしばらく翼竜が舞うのを言葉を忘れて見ていたが、ふと、ヒカルが話し掛けた。
「空を飛ぶものは、好きか? カミーユ」
 何気なさそうでいて、その瞳を覗けばいつになく真剣な眼差しに、カミーユは素直に言葉を返した。
「好きだよ。飛ぶのも、飛ばすのも。」
「そうか。」
 言って、カミーユの髪をくちゃくちゃにするように頭を撫でる。カミーユはいよいよヒカルの意図が分からなくなってきた。

「やっぱりどうかしてるよ、ヒカル」
「俺は――何やってんだろうって思うんだ」
 そんなことを言いながら、ヒカルは傍らにあったスケッチブックの綴りを一枚破いて何やら折り始めた。いつかその形は飛行機になり、ヒカルの手を離れて、降下する翼竜と軌跡を交えた。
「何処までも遠く飛ぼうとか、何処までも高く飛ぼうとか、そういうことじゃなくて、ただ飛ぶ事の楽しさってのを味わいたくてここに来たんだ。そりゃ、競技で腕を競うのも楽しいし、それで技術が上達するのも分かる。でも何だかシンプルなものにこそ大事なことが隠されているような気がするんだ。」
 カミーユはきょとんとして、ヒカルと彼の飛ばした紙飛行機を交互に見やった。
「けどなんだか……性分なのかな? 結局こうして情報収集にレポートなんて真剣に読んでしまうんだ、今はそれどころじゃない、考えなくちゃならないことがあるってのにさ。」
 その言葉に含まれた怒気は彼自身に向けられたものであったのに、カミーユはまるで自分が責められた気分になる。
「ごめんなさい、もう向こう行ってるから」
 言って、翼竜を取ろうとした指先に、ヒカルの手が伸びる。
「ごめん。お前を責めてるんじゃないんだ。もう少し居てくれないか?」
「……うん」
 抱えた膝に翼竜を載せてやって、ヒカルは自分の話を続けた。カミーユに話の全部が分かるとは思えない。でもカミーユに聞かせたい話ではあったのだ。

「さっき空を飛ぶものは好きか、って聞いただろ? 俺も昔――そう、今のお前と同じくらいの頃に聞かれたことがあるんだ。俺も好きだって答えたさ。考えてみれば、あの頃からずっと変わっちゃいないのさ、俺は……。ずっと空が好きで、空を飛ぶためにはどうしたらいいのかってそればかり追いかけて来た。何故かって聞かれたら、そこに空があるからって、それだけの話なんだろうけど。」
 ヒカルはカミーユに笑顔を見せる。
「そうなんだ、そこに空があるから――駆けるより遠く、跳ぶより高く、そこを自由に飛ぼうと――そう思うんだろう、俺みたいな奴は。そう思った時、今俺が考えてることの答えもそこにあると思ったんだ。答えなんて、シンプルなところにあるものなんだ。」

 カミーユは、知らず身を構えた。
「決めたよ。俺は、もう一つの空へ行く。」
「……やっぱり宇宙へ行くの?」
 その言葉を口にして、カミーユの中で一つの物語がつながりを見せた。
「行くよ。そこに宇宙があるから、な」
「カレンさんも一緒なの?」
 ヒカルは少し視線を逸らした。
「来て欲しいけど……どうなるかはカレン次第だから」
「でも、移民局へ行ってたみたいだよ」
「まさか? そんなことあいつ一言も……見たのか? カミーユ」
「はっきりと見た訳じゃないけど……」
 そう、見たのではない。でも断言はできなくて、カミーユは口ごもった。

 その時、人影が動いた、ように見えた。


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