Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

「カレン?」
 言うなりヒカルは立ち上がって人影を追った。カミーユは一人残されて、所在なげながらヒカルの紙飛行機を手に取るとしばらく眺めていたが、やがてそれを上手にかざして空を切らせた。自分の翼竜とはまた違った飛行に、カミーユは知らず魅せられていた。

「待てよ、カレン」
 曲がり角のところで追いついて、ヒカルはカレンの肩を捕まえると自分に向かい合わせた。カレンは少しうつむくようにして、ヒカルの視線を避けた。
「放して。もう、逃げないから」
 カレンが言うと、ヒカルはそっと手を放すようにして――次の瞬間に彼女を抱きしめた。カレンは思いがけず目を見開いたが、そっと目蓋を閉じると、ヒカルに抱かれるままにしておいた。
「なんで、逃げたりしたんだ?」
 ヒカルの穏やかな声に抱かれながら、カレンは泣くでもなく声音を震わせた。
「逃げたつもりじゃないのよ、あのままでいられなかっただけ。」
「どうして?」
「どうもしてないわ」
 これでは先に進まない。
「移民局へ行ったって……本当なのか?」
 カレンの肩がぴくり、と動いた。
「友人で宇宙へ上がる人がいるから、ちょっと調べものに付き合っただけよ。」
「え……そうなの?」
「そうよ。」
 カレンは身を離すと、きょとんとしたヒカルの顔をじっと覗き込んで、ヒカルがそのまま『俺のこと?』とでも問いたげに自分を指差すのを見て吹き出した。
「な、何がおかしいんだ?」
「自意識過剰よねぇ。でも、そんなところも可愛いわよ」
 笑われた挙げ句に可愛いなんて言われて面白くはないが、それでも久しぶりにカレンの笑顔が見れてよかったと、ヒカルは思うのだった。

 二人が格納庫に戻ると、カミーユが一枚の紙と格闘していた。ヒカルが飛ばした紙飛行機を折り直しているのだ。もう何筋も折り目の入ったそれは大分くたびれていたが、最後にきゅっと折り目をしごいて飛ばされると、美しい軌跡を描いた。
「見て、ヒカル。すごく飛ぶようになったよ」
 その屈託のない笑顔がカレンを認めて、次いでヒカルに目線を移した。ヒカルはその無言の問いに軽く片目をつぶってみせて、紙飛行機を拾い上げた。
「お、随分いじったな。新しい紙使ってもよかったのに」
「だってヒカルいなかったんだもん」
「そうだな、御免」
 言って、またカミーユの頭をくしゃくしゃになでる。これはやめてほしいんだけどなぁとカミーユは思ったりする。

「凄い、これ、カミーユが作ってたんでしょ」
 カレンが翼竜をかざして検分している。
「そうだよ」
 そっけない言葉にカレンはにっこり笑ってみせて、翼竜をカミーユに差し出した。
「ね、飛ばしてみてよ」
「いいよ」
 翼竜はカミーユの手を離れて、再び格納庫を舞った。カレンは身を屈めて、カミーユと同じ目線で翼竜を追っていたが、その内にその眼差しは翼竜を追うカミーユを捉えていた。視線が交差して、カミーユは瞬いた。
「どしたの?」
 カレンはえっと驚いて、手を振って場を取り繕うとした。
「なっ、なんでもないわよ」
 カミーユはそんなカレンをじっと覗きこむと、その場を離れて広げていた工具を片付け始めた。
「もう帰る。」
 ヒカルとカレンは目を見合わせたが、自分達がカミーユのムラっ気をついたのには間違いないだろうから返す言葉もない。カミーユにはやたら気難しいところがあって、一度不機嫌になるともう放っておくしかなかったりするのはもう分かっていることだ。
「急行まで大分時間があるな。カレン、お茶でも入れてやってくれる?」
 ヒカルは時計と時刻表を見比べると、カレンにそう頼んで、自分はエレカの手配をしに出ていった。


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