ヒカルが戻ってこない内に荷物はまとめてしまって、カレンの入れてくれたお茶を飲みながら、カミーユは窓の外の雨雲を見やっていた。
「クッキーがあるけど、どう?」
カレンがキッチンから声をかけるのへ、カミーユはこくんとうなずいただけで応えた。カレンがヒカルのカップとクッキーを入れた皿を持って入って来ると、カミーユはお茶から目線を外さないでいた。カレンははぁ、と息をついて、やおら切り出した。
「ねぇ、どうして私が移民局へ行ったなんて言ったの?」
カミーユは上目遣いにカレンを見据えた。
「だって、図書館の近くで会ったじゃない」
「あの時は――市役所って聞かれたわよ」
カレンは、子供相手についムキになる自分が大人気ないと思う。
「でも行ったのは移民局なんでしょ」
「そうだけど……まぁいいわ。」
「やっぱりそうじゃない」
カミーユの声が荒くなるのに、カレンもつい調子をあわせてしまう。
「だったら何よ。行ったっていいでしょ。」
「何やってんだ二人とも」
ヒカルが戻って来て、戸口からあっけにとられた顔が覗いていた。
「何か仲悪いよな、お前とカレン」
駅へ向かう道すがら、ヒカルはエレカのハンドルを握りながら助手席のカミーユに言った。
返事はない。
まだ少年の不機嫌は治まらないらしく、むっつりと黙り込んだまま、エレカは駅についた。
「じゃ、気を付けて帰るんだぞ。家には連絡入れとくから。」
「ありがとう」
それだけは口にして、小さな体が改札の向こうへ消えていった。ヒカルはやれやれと肩をすくめて、クラブへの帰途についた。
3 名残りの薔薇
二年次の終業式は梅雨明けとともにやってくる。梅雨前線とともに去り行くものもいて、それもひとつの別れの季節であった。最後のホームルームの時間、担任の先生が読み上げる転出者のリストに含まれていた名前に、カミーユはえっと驚いて後ろの席を見やる。
「やっぱり宇宙に行くの?」
「まぁね、仕方ないだろ。――悪く思うなよな」
ユキヒロにそう言われてしまうと、羨ましそうに見ていた自分を指摘されてしまって、やがてくる寂しさなどしばらくは分からなくなるのだ。
「なんだ、お前んちは異動なしかよ」
「そんな話もあるみたいなんだけど、よく分からなくて」
カミーユは口ごもった。
「ふぅん……でもさ、いつか来いよな。待ってるぜ」
「そこ、お喋りは後で出来るだろう? 今は先生の話を聴いてくれないかな」
一緒にくらう最後のお小言かな? なんて軽口をたたいて、二人はとりあえず黙る事にした。
「卒業、そして修了された皆さん、おめでとう。今日は楽しくやってください」
学部長の挨拶があって、謝恩会が始まった。学部全体のパーティなので、かなりの人数が集まっている。
「あ、いたいた。ヒルダ先輩」
なんだかんだともみくちゃにされて、ようやっとカレンはヒルダを見つけた。研究室ではすれ違ってしまっていて、話をする機会も持てずにいたのだ。
「あらカレン、ちょうどよかったわ。話がしたかった所よ」
「えぇ。……あちら、行きましょう」
二人は飲み物を手に、壁際のテーブルについた。
「まずは……修了おめでとう、カレン」
「先輩もお疲れ様でした」
軽くグラスを傾けて、ヒルダは本題に入った。
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