「全然連絡がとれないで心配したのよ、何をしていたの?」
「それは……ちゃんと決まるまでは落着かなくて。申し訳ありませんでした」
カレンが頭を下げたままにしているのへ、ヒルダが言葉を継いだ。
「で、もう『ちゃんと決まった』のかしら?」
「あと、少しです。教授にもお話しなくてはならないんですけど、こう人が多いとなかなか見付からないんですね」
お手あげ、とでもいいたげにジェスチャーをしてみせて、カレンは背筋を伸ばした。
「頂いていた就職内定をお断りいたしました。先輩には色々と骨を折って頂きましたのに、こんなことになってしまって申し訳ありません。」
そういってまた頭を下げるカレンに、いいから、と声をかけてヒルダは飲み物に口をつけた。
「そういう風向きだとは聴いていたわ。あなたがいずれ担当するはずだったプロジェクトのリーダーから、それとなくお誘いを頂いてるの。」
「そう――なんですか?」
「まだ正式にはどうなるか分からないのだけれど。で、あなたはどうするつもりなの? カレン」
カレンは一拍おいて、口を開いた。
「それが『あと少し』なんですけど、コロニーへ行こうと思ってるんです。」
「ヒカルが行くから、でしょ」
言って、ヒルダはカレンの瞳を覗きこんでみせた。やはりカミーユとは母子なんだなとカレンは思った。
「それも、あるんですけど。でも最初に就職先探し始めた時に、地球のことしか考えてなかった自分が何だか狭量だなとも思ったんです。で、探してみたらその気になってしまって。可能性に挑戦してみたくなったんです。」
一気に喋るその調子と頬の赤らみが見ていて微笑ましい。若いって良いわね、などとヒルダは思った。
「ちゃんと決まると良いわね。期待しているわよ」
「ありがとうございます。先輩も良い研究をなさってくださいね」
「ありがとう、そして――お幸せにね、カレン」
「はい!」
カレンは心底嬉しそうに、微笑みを輝かせた。
「で、いつ発つんだい?」
ホームルームから開放されて、そこかしこで転校してゆく友の周りに人垣ができていた。ユキヒロも例外でなく、しかも行き先がスペースコロニーだというので、一部の児童の羨望の的になっていた。大人たちの世界でのアースノイドとスペースノイドとの軋轢などまだ彼らには分からない世界であり、彼らが無意識のうちにそんなプライドを身につけていたとしても、宇宙が憬れの場であるという現実の前には霞んでしまうものだった。
「再来週の便かな?」
「そう……」
「寂しくなるな。」
「お別れ会、しない? みんなで」
自身も転校する処遇のアキミが提案した。
「しようよ、で、いつにする?」
「誰が一番にニューシートを出るかだよな。ユキヒロが再来週で、アキミは?」
「あたしはその次の週よ。」
「俺は来週の土曜日だったかなぁ……」
トーマスがそう言ったりして、来週の水曜日にお別れ会をすることになった。
「ただいま」
珍しく鍵のあいている家に帰って、カミーユは自室へ行くでなくキッチンを覗いた。
「おかえりなさい」
ヒルダがお茶を入れながら応えて、居間の来客の名を告げた。
「こんにちは、カレン」
「こんにちは、カミーユ。お邪魔してます」
挨拶だけしてキッチンに戻って母に小声で尋ねる。
「なんでカレンが来てるの?」
「ヒカルがサイド7に行くって話は聞いた? それでお別れ会をすることにしたのよ。その相談」
「そう……で、いつなの?」
「来週の水曜日にしようかしらって話をしていたのよ。」
カレンにお茶を出しながらヒルダが答えた。
「カミーユも来てくれるわよね」
カレンがそういうのを聞きながら、カミーユは学校での会話を思い出した。
「水曜日の何時? 同じ日に学校の友達のお別れ会もあるんだけど」
「お友達のは昼間でしょ? ヒカルのお別れ会は夕方から食事をしながらにするつもりよ」
ヒルダがそう言って、カミーユはその日は夜七時までに帰宅しなくてはならなくなった。
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