Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>The Last Rose in Summer

『もう六時半かぁ……』
 学校の友達のお別れ会は盛況で、外で遊んだり家でゲームをしたりしていたらもうこんな時間になってしまった。そろそろ帰り支度をしないと七時までに家に帰れない。ところが、会場になったアキミの家のお母さんが皆に夕食を食べていけという。皆は家に連絡をして承諾をとりつけているのだが、カミーユはどうもふんぎりが付かなかった。
「電話空いたわよ。どうするの? カミーユ」
 アキミが声をかけてきた。
「ウン……」
 考えてみれば家での夕食会なのだから、自分が余所で夕食を頂いて帰宅してもヒカルは家にいるだろう。だったらいいのじゃないかと思って、カミーユは電話をかけることにした。

「母さん? いまアキミの家なんだけど。夕食ごちそうになってきていい? 皆食べてくっていうの」
『今日は家でヒカルのお別れ会だっていうのは分かってたのでしょ? ……仕方ないわね。アキミちゃんの家の人にちゃんとお礼を言うのよ。分かってるわね。それから、なるべく早く帰っていらっしゃい」
「はぁい。」
 背後に微かにカレンの笑い声が聞こえていた。なんだかそれが気に入らなくて、カミーユは乱暴に受話器を置いた。皆がえっというように振り向いたが、こういうことは学校でもちょくちょく目にするから、いつものことかなどと思って、ゲームの続きに戻った。

 結局、カミーユが帰宅したのは九時を回っていた。アキミの家を辞したのは八時前だったが、なんとなく帰りづらくて寄道をしてしまったのだ。ヒルダには厳しく叱られるし、カレンに取り直されるなんて気に食わないし、フランクリンはいつもながら何も言わないし、でも何よりヒカルが少し寂しそうな顔をしていたのが気になって、その夜はなかなか眠れなかった。

 その週末、グライダーのクラブでもヒカルの送別会が行われることになっていた。駅で待ち合わせてからクラブまでの道すがらは、カミーユは図書館から借りて来たディスクを読みたいからといってヒカルとカレンとは離れて座っていたのだが、送別会ともなるとそうも言ってはいられない。かといって休む理由もないし、水曜日のこともあるので、こうして顔は出しているのである。しかし、当のヒカルは今日の主役だから、なかなか話に割り込めそうもない。
「――でも、1バンチがまだ建設途上だったよな、サイド7は。結構大変じゃないのか?」
「そりゃ不便だろうな。でも自分達で街をつくっていけるというのは一つの魅力だよ。」
「コロニーでも飛ぶ気かい?」
「さぁ、どうだか……グライダーは無理かも知れないな。でもハンググライダーくらいなら簡単に出来そうだし、やってみたいなとも思うんだけど」
「高度をあげすぎると反対側の地面に激突するってか?」
「反対側は河でしょ? 地面じゃなくて」
 パヴェルが笑っていうのに、カミーユが一人前の顔をして訂正した。
「おっとそうだな。さすが詳しいなカミーユは。」
 ヒカルがまた頭をくしゃくしゃにする。
「カミーユも行きたいか? コロニーに」
 パヴェルが軽く水を向けた。
「僕は――まだ子供だから」
「じゃ大人になったら行きたいか?」
 ヒカルの黒い瞳がカミーユを見つめている。
「うん……そうだね。その頃にはヒカルよりもうまく飛んでみせるよ」
「お、言わせといていーのか? ヒカル」
 パヴェルがはやし立てるのにヒカルはよせよ、と苦笑を浮かべた。
「その言葉忘れないぞ。宇宙で待ってるからな。」
「うん。そうだ、ヒカル。こないだ渡せなかったの」
 カミーユは席を立って、大事に抱えて来ていた包みを取って来た。
「これ、貰ってくれない?」
「翼竜じゃないか。一生懸命作って大事にしてたのに。いいのか?」
「いいの。父さんにはもう見せたし、ヒカルになにかあげたかったから」
「そうか、ありがとう。コロニーについたら、飛ばしてみるよ」
「写真送ってね。楽しみにしてるから」
「あぁ、いいとも」
 ヒカルの背後の窓の向こうは、もう夏の空。ふと見やると晴れた空が滲んでいる。
「もう一度、ヒカルと一緒に飛びたかったなぁ……」
 そしてしばらくして、ヒカルはサイド7へと旅立った。

「……なんでまだカレンがいるの?」
 ヒカルを見送った帰途、お茶を飲みに入った店でカミーユはいぶかしげに呟いた。
「だってしょうがないじゃない。一緒の便が取れなかったんだから」
 カレンは苛々を抑えきれずに答えた。就職先はなんとかサイド7で決まったのだが、移民局との手続きに手間取ってしまっているうちに、今日の便のチケットが取れなくなってしまったのだ。ヒカルは出発を遅らせてもいいと言ってくれたが、向こうでの生活のことなどを考えると、しなくてはならないことは山のようにあるので、ならば一足先に向こうへ行っていようということになったのだ。
「荷作りは進んでるの? 手伝わなくていいかしら」
 ヒルダが話題を変えた。
「えぇなんとか。規制があるからあまり持ち出せないし……引っ越し公社の便は押さえられたから、助かったんですけど。それより、薔薇が……ね。」
「検疫があるから、厳しいのね。」
「そうなんです。ここまで育てて来たから残念で」
「まぁ、また向こうで作ればいいじゃないか。我々は、寂しくなるけどな。――さ、混まないうちに帰ろうか」
 フランクリンがコーヒーを飲み干して、席を立った。


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