本来なら支えられるべきは彼女なのに、支えるべき責任のあるカミーユがこんな状態では共倒れになりかねない。そう言うのは極端だとしても、日中ジュドーはカミーユと同じ場所に用があるのだから、日中のカミーユの面倒を見られるし、帰宅したらファの手助けにもなれるのだと言われたら、二人も首を横に振る訳には行かなかったのだ。尤も初めは、ジュドーもさすがに同居は躊躇したのだが、近くに手頃な物件も見付からず、初日に成り行きで泊めてもらったまま居着いてしまったという次第だった。
「どう? ゆっくり休めたの?」
夕食のテーブルを囲んで、ジュドーがファに尋ねた。ファは今、市内の病院に勤めているのだが、今日は休暇を取っていた。特に体調を崩したというのではなくて、この仕事はカレンダー通りの休日という訳にもいかないからだが、やはり身体のことを考えると心配にはなるものだ。
「えぇおかげさまで。」
ファは微笑んでそう答えると、傍らの席に掛けたカミーユの手をとった。
「昼間は公園の桜を見てきたの。満開で綺麗だったわよ、淡いピンク色の雲みたいで。」
食後のお茶を出しながらファがそう話すのに、カミーユが応えた。
「ここの所、環境局が花見日和を狙って気温をあげていたからな。今夜は冷やすみたいだけど、もう花は持たないだろうな――あれ? 初めてのお茶だね、」
ティーカップを手のひらに包んで、その香りをもう一度楽しむ。
「当たり。桜のフレーバーティよ。春らしい香りでしょ」
「そうだね。」
目は見えなくても、春を楽しむことは出来る。ファの心遣いがカミーユには嬉しかった。
そんな二人を見遣りながら、ジュドーはふと思い出した。
「そういやさっきさ、カミーユ、春の匂いがするって言ってたよな」
「あぁ、何となくそんな気がしてね。」
普段カミーユは『作り物の街の、見せかけの季節だ』などと言うくせに、人一倍移ろう風には敏感なのだ。大体その風だって、都市の空気調整機構によるものなのに、環境局の広報を見るまでもなく、彼にはどのように吹かせているのかが分かるらしい。温度がどうとか湿度がどうとか風向や風速がどうとかいうものでなく、その風が何を運ぶものなのかが分かるようなのだ。
月面に初めて作られた恒久都市であるこの街の先人は、自分達が置き去りにした自然を何とか再現しようとしたらしく、「冬」には雪のようなものまで散らつかせるシステムを作り上げた。作り物であっても四季を巡らせると、それなりに木の葉は色づき、新緑は芽吹くものだ。作為の産物であっても営まれる生命の有り様に、彼の言葉は冷たくても向けられる眼差しはあたたかなものだった。たとえ、彼の瞳にその様が映っていないとしても。
「ということは、桜は今夜がピークだな。後は散るばかりだから……ジュドー、夜桜でも見に行くかい? 良い所を知ってるんだ」
「夜桜ぁ? 夜に花見て面白いの?」
大体カミーユは……とジュドーが口の中で呟くのへファが微笑んだ。
「桜は特別よ。そうね、今夜見ておかなくちゃね」
「へぇ。ファさんがそう言うなら俺も行こうかな。」
食器をキッチンへ片付けていたジュドーがそう答えると、カミーユの心持ち低い声が聞こえた。
「ファは家に居た方がいい。体を冷やすから」
その言葉に何か違うものを感じ取ったらしい、ファはふと目を伏せてティーカップを両の手で包み込んだ。
「……そうね。昼間たっぷり楽しんできたし。」
「すぐに戻るから、」
手のひらを彼女に重ねて、カミーユはひとり席を立った。
「じゃ、行って来るね。」
幾分申し訳なさそうな声音のジュドーの物言いに、ファは笑顔を作ってみせた。
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