「気をつけてね。あ、これ、持っていってあげて。」
そう言って、ファが手渡したのはスプリングコートだった。
「カミーユの?」
「そうよ、わたしのだと思った?」
「……ちょっとね。」
そのコートは、まるで女物に見えるような綺麗な淡い色をしていた。
「冷えるって言ったのはカミーユなんだから。」
そう軽く口を尖らせておいて、一転してファはジュドーの瞳を覗き込んだ。
「頼むわね。」
「あぁ、まかしといて。」
ぽん、とファの肩をたたいて、ジュドーはドアを開けた。
フラットのドアを後ろ手に閉めると、ジュドーは壁を伝って先に歩き出していたカミーユを追った。
「カミーユ! コート、ファさんが出してきてくれたから。」
「あぁ、ありがとう。貸して、」
ジュドーからコートを受け取ると、カミーユは早速袖を通した。彼が歩くにつれて、コートの長い裾が風をはらんで踊るように見えた。やはりこのひとは風をまとっている。そう思いながら、ジュドーは本題を思い出して尋ねた。
「わざわざ俺に見せたいなんてさ、どういうつもり? 自分には見えないのに」
「良いさ、見たくなれば君の目を借りるから」
言って、意味ありげな視線を向ける。まるで見えているような錯覚さえ起こさせるその瞳が、微かに笑っているようにもジュドーには感じられた。
「で? 何処へ行くんだい、」
ジュドーはエレカのナビを音声入力に切り替えて尋ねた。するとカミーユは目的地の住所を口にした。日本人町の地名だ。
カミーユの声に反応して、ナビが軽い電子音を立てた。表示された目的地の周辺図を見て、ジュドーは目をぱちくりさせた。
「……って、お寺じゃん。」
さすがは日本人町の一角である。ジュドーはあまり仏教寺院には詳しいものではないが、どういう場所かくらいは見当がつく。
「そうだよ。神社とか公園の桜は花見客で一杯だしね。ほんとはそこの桜が一番見事なんだけど、花見の宴会をするような場所じゃないからって、敬遠されてるのさ。」
「ふぅん……ま、良いけど。出すよ、」
「頼むよ。」
ジュドーはエレカを静かに発進させて、目的地の寺へ向った。
「確かに、ここじゃ宴会したくないかも……」
ジュドーは目的地の辺りを見回して、気持ち、肩をすくめた。
「僕等は宴会に来た訳じゃないんだから、良いだろ。」
「そうだけどさ、」
寺の山門をくぐってすぐの境内にも桜はあったが、カミーユはそこではないと言った。言われるまま彼を連れて歩いて行き着いたのは、寺の裏手の墓地だったのだ。どういう宗教であろうと、ひとが葬られている場所というものの雰囲気はそう大差はない。まして夜である。ジュドーは軽く身震いした。
「この樹が良い、」
6分の1Gという重力下で育つ樹木は、地球やコロニーのような標準重力下でのものよりも、全体的に細く長い姿になる。とはいえ、歴史を重ねただけに比較的太くなった幹の桜に手をつくと、カミーユはその樹にもたれるようにした。ジュドーもカミーユの左脇に並んで、辺りの桜を眺めてみた。
「へぇ……」
暗闇に、淡い花がぼうっと浮かぶようで、ファが『雲みたい』だと言っていたのが分かるような気がした。静けさが花の美しさを際立たせているようでもあった。
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