「どうだい?」
「凄いや。確かにこれは、連れてきてもらって良かったよ」
ジュドーは素直に答えた。カミーユがやや見上げるようにジュドーの方を向く。木星から帰ってきたジュドーの体躯は、すっかりカミーユの背を追い越していた。
「連れてきてもらったのは、僕の方なんだけどね。」
「そんなの、どっちでも良いじゃんか。」
カミーユはくすりと笑みを含んだ声音で応えた。
「そうだね。」
「それにしても、桜がこんなに綺麗だなんて知らなかったな」
シャングリラに桜があったかどうかなんて、もう思い出せなかった。年中春の気温設定になっていたから、ちゃんと咲いていたのかさえ疑わしい。カミーユは、ややおいて、声をひそめるようにしてこんなことを言った。
「ここが特別な場所だからじゃないか?」
「特別な場所?」
確かに、ここは墓地だけど……とジュドーが改めて周囲を見遣ると、カミーユは先ほどとは明らかに違う種類の笑みを含んだ声音で続けた。
「桜の樹の下には死体が埋まっているというからね。」
「……ほんとに?」
飛び上がるかどうかというような動揺が、そのままジュドーの声に出る。カミーユはいよいよ声を立てて笑った。
「古い小説の話だよ。第一ここがいくら墓地だとしても、土葬なんてしていないんだから。」
死体がそのまま埋まっているはずはないのである。
「そ・そりゃ、そうだけどさぁ。あー驚いた。」
「そうでも考えないと納得が行かないってくらい、桜には際立った美しさがあるって……そう聴けば分かる話だと思わないかい?」
「話は分かったけど、こんな時間にこんな場所で聴きたくなかったってばぁ」
「ごめん、」
がっくりと肩を落として樹にもたれかかるジュドーの肩に、カミーユは軽く頭を預けた。
「良い……?」
お互いしばらく黙っていたところで、カミーユがそう尋ねた。言葉ではただそれだけの問いだったが、見えない瞳でこちらを見つめている彼の意図は、ジュドーには明らかだった。
「良いよ。」
ジュドーはそう応えて、そっと右手をカミーユの方へ差し出した。ためらいがちにカミーユの左手が触れて、二人の指先が絡む。冷えてきた空気に冷たくなっていた指先に、互いの体温がゆっくりと伝わっていく。それを感じながら、ジュドーは静かに目を閉じて、そっと開いてみせた。
目の前には、相変わらず桜があった。
ジュドーとカミーユが、二人で見ている桜の樹が。
「ちゃんと見えてる?」
「見えてるよ。」
ジュドーの問いに、カミーユはそう答えて、声にならない声で『ありがとう』と付け加えた。端から見れば、カミーユは指先に軽く力を入れただけのことだ。だが二人にはそれで充分だった。
ジュドーは、カミーユの頼みに応じて、「自分の目を貸した」のである。自らの知覚を開放して共有する――そう言葉にすると難しいことのように思えるが、やってみれば簡単なことでしかない。別に指を絡める必要も本来はないのだが、接触している方がやりやすいというだけの話だった。尤も、二人が初めて出会った時がそうだったからという理由で、半ば儀式めいた手順を踏んだという事情はあったのだが。
「見せたいものってさ、夜桜だけじゃないんだろ。」
ジュドーがそう問い掛けながらちらりとカミーユの方を向くと、彼は桜を見遣ったまま答えた。
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