Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>桜の樹の下で

 風は穏やかになりつつあって、夜空に舞う花びらもまばらになってきていた。それを見遣りながら、カミーユは話を続けた。
「……忘れるとかそういう問題じゃないんだよ。彼女はもう、僕の中でひとつになっているんだから。正面からあの日の記憶に向き合う機会が、あまりないだけの話さ。だからこの季節くらいは、ってね。ファもね、何となく分かってくれてるみたいなんだけど口にはしないから――甘えているんだな、俺は」
 言って指先に力を入れる。微かな痛みが直に伝わってくる。
「甘えてたって良いと思うけどな、ファさんになら。」
「そういう訳には行かないよ。」
 カミーユなりの男の意地がそう言わせるらしい。
「なら、ちゃんと話したら?」
「それが出来たら苦労はしないよ。」
 これでは堂々巡りである。ジュドーは軽く街の天井を仰いだ。
「言葉を捨てたって良いんだよ。言葉にしようとして思いが惑うのなら、言葉にしなくったって良いんじゃないか?」
「それは、そうだけど……」
「何となく分かってくれてるってのはさ、もう言葉以外の部分は伝わってるんだよ。カミーユはファさんに甘えてるっていうよりさ、ちょっと臆病になってるんじゃないのかな? 傷つけたくないってのは分かるけど。ファさんって強いひとだからさ、ちゃんと分かってくれると思うよ。」
 夜の瞳がジュドーを見つめていた。
「ジュドーの言う通りかな。俺はどこか臆病だから――いや、ズルいんだ。だから甘えてしまうんだな、きっと。ファだけじゃなくて、君にも甘えてる。」
「俺に?」
 思いがけない告白に、ジュドーは目をしばたいた。
「一月経ってもまだ目が見えないのは、君に甘えてるからなんだよ。」
「そんな……」
 言葉の端がうろたえている。カミーユはそんなジュドーから目を逸らした。
「だってそうだろ。その気になればこうして君の目だって借りられる。そうでなくても、普通の言い方の範囲で君は僕の目になってくれている。自分の目で見る必要がないから、無意識のうちに君を頼って――甘えてしまっているのさ。」
「でも、先生はまだしばらく掛かるって言ってたんだろ?」
「昨日の診察ではね、組織についてはもう粗方問題無いって言われたんだ。少しは見えるはずだってね。なのに見えないってことは、自分で見ようとしてないからだってさ。カウンセリングを受けるように言われたよ。時間が掛かるのは寧ろそちらの方のこと。」
 心理的な障害が、彼の視界を阻んでいる。その原因の一端が自分にあるとは、ジュドーは出来れば思いたくはなかった。
「あんなことがあったら、そりゃ自分では物を見たくなくなるかも知れないけど――」
 失明の原因を思い出してそう話してみても、カミーユは首を横に振った。
「確かに、先生もそういう話の仕方をしてたしさ、自分でもそうなのかって、さっきまでは思っていたよ。でも多分そうじゃない、君に甘えたり、ファに甘えたりしてる俺の弱さがいけないのさ。この目のことだけじゃなくってね。……誤解しないでくれよ、君を責めてる訳じゃないんだから。」
「そりゃ分かるけど、」
 俺は、あんたの力になりたいだけなんだ。
 そう胸のうちでつぶやいて、ジュドーは指先に力を入れた。

 風が向きを変えて、桜の花びらがまた違った流れを作った。

「言ったことあったかな、僕にとって、君は僕の良心そのものなんだって。」
 不意にカミーユがそんなことを言って、ジュドーは軽く面食らった。
「何だよ、それ。」
「君はいつだって、僕がやろうとしてもできないことをしてみせる。言おうとしても言えないことを口にする。俺がこんなひねくれた性格でさえなければさ、きっと君みたいに素直な心のままに動けるんだろうなってさ――羨ましがってるんだよ。」

 カミーユは言うだけ言うと、恥ずかしいのかぷいっと顔を背ける。
「そういうカミーユだって、自分の思ったとおりに、そのまんま動いてるよーに見えるんだけど。」
 カミーユの横顔を覗いて、ジュドーはそう主張した。そういう行動の結果が、先の一件なんだから、とは、言わないでおいた。
「そうかも知れないけど、じゃあ何て言ったら良いんだ? 言葉通りの意味でしかないんだけど――」
 そこまで言って振り向いて、自分を見詰めたままのジュドーの視線とぶつかったとカミーユは感じた。その瞳があたたかいものなのだとは分かっている、でもその瞳を自分の目で実際に見てみたい、と思った。



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