ブライトの後を追ったエマリーは、エレベーターに乗り込んだブライトの肩が大きく揺れるのを見た。今日の艦長はおかしい。顔色も紙のようにとはいかないまでも、相当青ざめている。ちら、と上目にブライトの顔を伺うと、彼は軽く咳払いをして尋ねた。
「君には、何も見えなかったのだな? エマリー」
苦しげな、絞り出したような声だ。
「はい……?」
質問の意図が見えず、エマリーは困惑した。
「そうか……ならいい」
「そうですか?」とエマリーが言いかけた時、エレベーターのドアが開いた。『艦長』の顔になって、ブライトはブリッジに入ってゆく。が──
「!!」
ブライトの背中が飛び上がった。
「ブライト艦長!」
エマリーはあわてて駆け寄った。しかし、半ば腰を抜かした恰好のブライトに駆け寄ったのは彼女だけではなかった。
「だあっ、大丈夫ですか? 艦長」
「トーレス?」
何がなんだかよく……いや、全く分からないといった風のブライトに代わって、エマリー・オンス艦長代理──いや、この肩書はもちろんラビアン・ローズのものではあるが──は、ブリッジの入口に集まったブリッジ・クルーに詰問した。
「事情を説明できるようだな? トーレス」
「はい……しかしそれより、まず艦長に航海日誌を口述していただいたほうが……」
「開き直りか?」
「そういう訳では……さっ、艦長」と言うと、トーレスは道を開けさせて、ブライトに日誌のレコーダーを手渡した。いつものトーレスの笑顔とは少し違う。今日は一体全体どうなっているんだ?
訝りながら艦長席に着いたブライトは、日誌の日付を見て内心ほくそえんだ。そうか、そういうことだったのか。しかし今の笑みが漏れていないといいのだがな。
「航海口誌、0402。アーガマはラビアン・ローズと共に暗礁空域を航行中……」
ブライトは朗々と日記を口述した。今度は逆トーレス達が動揺する。
「艦長、日付が……冗談が下手なんだから」
「いや? 日誌のメモリーが0402になっているが」
努めて冷静を装って、ブライトは、トーレスにその数字を見せた。途端にトーレスの顔が青ざめる。彼はまず、自分の腕時計の日付を見、ついでキースロン達にも見るように言い、皆がそうだというので、自分のコンソールのクロノメーターのチェックをし……がくん、と肩を落とした。
「まさかそんなぁ!?」
「メインコンピューターをいじらない限り、日付の改竄は不可能だよ……なぁ?」
彼らのわめき声は、くっくっ……という弾んだ笑い声で途切れた。笑い声の主は勿論──
「そっか! 艦長ですね? 日付をいじったのは」
「そして、変なゴーストを出したのはお前達だな」
両者はしばし睨み合い……そして、どちらからともなく笑いだした。
「日付? ゴースト? 何なんです?」一人取り残された風のエマリーが問うた。
「今日は何月何日かお分かりですよね?」
「先刻0402と……あら? 0401になっている……?」エマリーは自分の腕時計を見ながら首を傾げ、ようやく合点がいった様で笑みを浮かべた。
「そうか、エイプリル・フールね。私の時計はラビアン・ローズのコンピューターに合わせているから0401と正確な日付になっているけど、メインコンピューターをいじられたアーガマでは、それに合わせた全ての時計類が0402となっている訳ね。」
「メインコンピューターにアクセスできる人間は限られているからな。私くらいしか出来ん悪戯だったのさ」ブライトは顔に出してほくそえんでいた。
「──にしては、えらく僕等のゴーストに驚いていましたね」イーノである。
「あんなものを見せられて驚かないのはジュドーくらいじゃないのか?」
「いえ、あれでジュドーは結構驚きますよ?」不思議そうに、イーノは答えた。
「いや、そうだな。すまん……ちょっと勘違いをして──じゃない! 冗談がきつすぎたぞ、あれは! 実際あぁなったらどうしてくれるんだ!?」
「一体どんなゴーストが出たんですか?」とエマリー。心配そうな声音である。
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