さぁ、とファはカミーユの腕を取って歩き出す。女の子に腕を取られるなんて論外だと彼は思っているから、そっとその腕を放すと、彼女が片手に下げた鞄を持ってやった。かなり、重い。
「ありがと。」
ファはにこっと微笑んだ。彼女は最初からカミーユの行動が読めているのだろうか? 何だか気分は悪いが、だからと言って一度持ってやったものを押し付け返すのも癪に触るから、結局彼は荷物を持ったまま彼女の家まで付き合うことになるのである。どうせ、隣なんだけどね。
「一体何が入ってるんだ?」
「何って……何だか色々と。リコーダーとか裁縫箱とか。」
およそカミーユの鞄の中にはなさそうなものである。
「それを一度に持ち帰るのかい?」
案外ずぼらなんだな、とカミーユはファに少々幻滅した。
「昨日は別のものがあったのよ、終業式の日まで全部残しておいた訳じゃないわ」
ファが先回りして軽く睨んだので、カミーユは開いた方の手を振って、謝ってみせた。
「分かったよ、ゴメン」
「分かれば良いのよ、」
ファはウィンクで応えた。
ファ・ユイリィとはこのグリーン・オアシスに引っ越してきてからの隣同士。だからまだ知り合って半年も経っていない。同学年ということもあって何かとカミーユの世話を焼こうとしてくれるのだが、たまにはこんな風にカミーユの方から世話を焼く羽目になることもあるらしい。両手が開いたおかげで空へ向かって軽く伸びをしたファが、くるっとこちらを振り返る。夏の木漏れ日に輝く頬を、軽やかに揺れる髪で彩って、彼女はおもむろに尋ねた。
「カミーユは、夏休みはどうするの?」
「どうするって……別に。変わらないだろ普段と、学校行かないだけで」
まさに普段通りの回答である。ファはめげずに質問を継いだ。
「旅行とか行かないの?」
「まだ聞いてないや。ここに来たの自体が大旅行みたいなものだったしね。そういうファの家はどうなんだよ?」
「フランチェスカへ行きたいって言ってたんだけど、駄目だって言われちゃったの」
さも残念そうにファの顔が曇るが、カミーユにはその原因が今一つ判らない。
「フランチェスカ……って何処だっけ?」
「サイド6のリゾートコロニーよ。サイド1に住んでた頃に行ったことがあるんだけどね」
言われて初めてそういえば……と合点する。何せカミーユはグリーン・オアシスに来るまでずっと地球暮らしだったから、どうもまだスペースノイド――宇宙に住まう民――としての常識は身についていないらしい。
「あぁ、『常夏の島』だっけ。仕様がないさ、こことサイド6じゃ遠すぎるだろう」
「そうなのよね。サイド1の時は同じL5だったのに」
地球と月の重力の中和点であるラグランジュポイントは、L1からL5までの5点が存在し、そこに7つのサイドが置かれてスペースコロニーが建設された。ファが以前住んでいたサイド1は、L5に置かれたもので、サイド6とは同一軌道上にあった。そのL5が比較的月に近い位置にあるのに対し、今ファとカミーユの住んでいるグリーン・オアシス(旧サイド7)が置かれているL3は地球を挟んで月の反対側。L3からL5に行こうものなら、まさに行くだけで大旅行だ。
「でね。今年は無理だから、その代わりにクジラを見に行こうって父さんが言ってくれたの」
「クジラだって?」
ファはいきなり何を言い出すのだろう。そんな彼の当惑をよそに、ファは嬉々として話を続けた。
「ほら、密閉型コロニーで飼育施設を作ったって話があったでしょ。あれよ」
「宇宙でクジラか……」
あぁ、とカミーユは軽くうなづいてみせたものの、やはりその単語の違和感に戸惑いを隠せなかった。地球でも、もうほんの一握りしか残っていないあの巨大な生物を宇宙で飼育しようだなんて。
「ね、よかったらカミーユも来ない?」
「俺も?」
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