Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>そして約束の海へ

3 そして約束の海へ


 まだ暗いうちからファは起き出して、半ばまとめておいた荷物を確かめはじめた。今日、この地を出てニューホンコンへ向かうのだ。ニューホンコンについたらそこからはもう宇宙へ上がるから、事実上地球でゆっくり過ごす最後の朝になる。この日がとうとう来てしまったのだな……と思うと、なんだか一分一秒が愛しくてたまらない。

 実を言うと、地球に降り立ったあの日に『いつ自分はあの宇宙へ戻れるのだろう』と思いはしても、こんな風にその日がやってくるとは考えてもみなかった。そんな未来は遥かなように見えて、想像も出来ないでいたのだ。ファに手渡されていたチケットは片道切符ではなかったのだけれど、残りの半分をカミーユとふたりでちゃんと使えるなんてまるで夢のようだとも思ってしまうのである。そのくらい、ファは何度か不安になり――そしてそう思うたびにそれを覆そうとしてきた。カミーユが回復しない限り宇宙には戻れないだろうとは思っていた。しかし、彼が回復したとして、再び彼女を置いて、ひとりで行ってしまわないという保証など何処にもなかったのだ。そんなことは有り得ないという確信は、図らずも彼によってもたらされたのだけれど……

「おはよう、ファ」
 背中をぽん、と叩かれて至極驚いて振り向くと、カミーユが多少呆れた顔でそこに立っていた。なるだけ静かにやっていたはずなのに起こしてしまっていたらしい。その上、荷物をまとめるのと考え事に熱中していたらしくて全然彼に気が付かないでいたようだ。
「やだ……おはよう。」
「まだ4時じゃないか、早すぎるよ」
「――ゴメン、起こしちゃったのね。まだ寝てて良いわよ」
「いいよもう、目が覚めてしまったから。手伝うよ」
 とカミーユは言ってみたが、荷物がそう沢山ある訳でもない。面倒だとばかりに着替えも済ませて、衣類もまとめてしまうと、出発までかなりの余裕ができてしまった。実は、ファはこの余裕を作ろうと早くに起き出していたのだが。

「ね、海を見に行こうよ」
 ファがそうカミーユを誘うと、寝ぼけているのでもないのに彼は面食らったような顔をする。
「海? 良いけど、まだ暗いじゃないか」
「だからよ。ほら、上着着て」
 言っているそばからジャケットを肩に掛けて着せようとすると、そんなファの手の甲を軽く叩いて、カミーユは自分から袖を通した。ファはカミーユの世話は全部自分でやっていたという習慣があったから、ついそこまでしてしまうのだけれど、カミーユにしてみれば、そのくらい自分でできるのだからという気分になるのは当然のなりゆきだ。そうそう、自分からその気になってよね。
「だからっておい……分かったよ、」
 作戦成功、常に先手を打ちさえすれば良いのよね。などと思ってつい笑みを浮かべてしまう。次は、彼の風向きが変わる前に連れ出してしまえば良いのだ。そのくらいのことは、ファはもう百も承知だった。


 まだ頬に触れる空気が冷たい夜明け前、人通りのない道を連れ立って歩いてゆく。こんな風に歩くことが喩えようもなく幸せなのだと、ファは今頃になって思い知らされていた。それは、カミーユが以前よりはずっとファに合わせようとしてくれているのが分かるからであり、そしてまた、ファ自身に精神的な余裕があるからこそのことなのだと分かってきたからだ。何か話す訳でもない、でも連れ立って同じ道を歩いている。たったそれだけのことなのだけれど。

 ふたりで何度か訪れた海を望む丘に立つと、まだ深い青の空に、別れ月がぼうっと輝いている。
地球照アースシャインだ、」
「ほんと……」
 月齢が新月に程近い頃、月の昼の側は細く輝くが、夜の側は地球の昼の側の反射光を受けて淡く光る。これが地球照である。そんな幻のような月に導かれるように、カミーユの瞳を映したような色の空は東雲色に染まりゆく。次第にその色も薄れたかと思うと、空と海の境をまばゆい光で彩って太陽が顔を出した。確かにこの丘には何度も来たけれど、ふたりで日の出を見るのは初めてだった。ひょっとしたらふたりで目にするのは最後になるかも知れない、海からの日の出。ふたりは肩を寄せ合って、しばらく言葉もなくその光の世界を眺めていた。


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