Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>そして約束の海へ

「ねぇ、覚えている? あなたが子供の頃、初日の出を見に行ったって話をしてくれたの。朝早くから皆で連れ立って見に行ったって。」
 ファは少し上目遣いにカミーユの顔を覗き込んで尋ねた。カミーユはきょとんとしながらも、ややあって合点してうなづいて応えた。
「えぇと……あぁ、おじさんとおばさんにクジラを見に連れて行って貰った時だったっけ。覚えてる。」
「あなたから海の話を聞いたのなんて、あの時が最初で最後だものね」
「そうかい? でもそうかも知れないな、あの頃の話ってあまりした覚えがないから。でなきゃ、いつ話したかなんて思い出せないものな」
 カミーユのちょっと照れたような顔が、朝の空に綺麗に映えている。ファはそんなことを考えた自分にくすりと笑って、言葉は彼に応えてみせた。
「それもそうよね」

 丘からちょっとした坂道を下ると、海辺の砂浜に出る。砂の上にふたり分の足跡を残しながら、時折波と遊び、打ち上げられた綺麗な貝殻などを拾うなどして、ふたりは残された朝の時間を過ごしていた。海辺の町に住んでいれば、ごく当たり前の光景なのだけど、もうしばらくこんなことはできなくなる。当たり前の風景がどんなにかけがえのないものかということを、ファは身にしみて知っているから、この時間を過ごすために朝早くからカミーユを連れ出したのだ。勿論それは、カミーユにも分かっていたことだった。

「来て良かったよ。起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして。でも起こそうとして起こしちゃったんじゃないんだけどね」
「そうだったね」
 『俺、寝起きは割と良い方みたいだからな』とカミーユが苦笑しながらひとりごちるのが何だか楽しい。これだけ機嫌が良いのなら、言ってしまっても良いかしらと思って、ファはずっと心に留めていた事を口にした。

「さっき、クジラを見に行った時のこと話したでしょ。あの時カミーユこんなこと言ってたのよ、『本物の海に帰りたい』って。でもそれはクジラの話だって誤魔化されちゃった」
「よくそんなことまで覚えてるね。」
 言葉の端に半ば呆れたような、それでいて面白がっているような息が漏れている。
「自分だって覚えてるんでしょ?」
「さぁ、どうだか……」
 カミーユはふらっと目を泳がせた。
「からかわないで。物凄く含みのある言い方だったから、忘れられないんだから」
「そうは言われてもね、本当に何か意図して言ったんじゃないんだよ、きっと。でも、宇宙に上がって半年くらいだったから、久しぶりに一面の水を見てちょっとしたホームシックになったんじゃないかな。俺が何かというと親に『地球にはいつ帰れるのさ』って言い出したの、あの後ぐらいからだったから」

 言って、カミーユは口をつぐんで歩き出した。ファもすぐに後を追った。彼は顔を見せないけれど、背中を見ればその表情は分かる。結果的に、彼は軍事行動で二回地球に降下し、そしてその後、療養のためにファと地球に降下してそのままこうしていたのだけれど、その時に既に両親をなくしてしまうことになっているなんて、あの頃は想像もしていなかった。親元を離れたい、そういうつもりはあったけれど、あんな別れかたをしたくはなかったのだ。ファだって、まさか初めての海があんなものになるなんて思いもよらなかったのだけれど。

 でも、今はふたりでこうして海辺にいる。その事実があればそれで良いような気がする。言葉はなくともぬくもりの伝わる距離にいるふたりだから、それは共通の認識だった。


「それとね……あの時にね、いつか本物の海に連れて行ってって約束したの。」

 ファはカミーユの腕を取ってそう言った。カミーユは歩を止めてファを振り返った。ファの真剣な目を見て取って、カミーユも躊躇わずに応えた。
「そういえばそうだったね。」
 ファは海でなく、カミーユの瞳を覗き込んだままで言葉を継いだ。さもそこに海があるように……。
「本物の海だね」
「そうだね」

 優しい声だった。暖かくて広くて穏やかな、彼が昔話してくれた、彼の海を思わせる声だった。その声を聞いたら何故か視界が滲んでしまって、ファはそっと瞼を伏せた。

 『私の帰りたかった本物の海は、ここだったんだ』
 ファは、カミーユの腕をぎゅっと抱きしめた。

(9709.29)



あとがき

 ようやくダブリン編連作「Teardrops」完結編です。全部お読みいただいた方どうもありがとうございます(_o_)

 突然中学生な回想から始まりますが、クジラって何?と思った方は、小説版「機動戦士Ζガンダム 第4部 ザビ家再臨」を読んでみてください。ファがサイド1出身だというのは、アニメディアの記事から。フランチェスカは「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」#5『嘘だと言ってよ、バーニィ』で登場しています。……話が見えない人は0080を見てくださいね。#6まで一気に見るのがお勧めです。

 で、2と3はファの視点で書いているのに1だけはカミーユの視点で書いています。カミーユの視点だから彼の描写ではなくて、ファがどうしたかの描写の方が気合が入っているのですけど。これは何故かと申しますに、2でのファの「何故あんなことをいきなり思い出したのか」という疑問と答えは同じなんですね。つまり、「思い出した」主体がカミーユだから(この辺「炎の記憶」と同じ)、ファの視点にはなり得ないとゆ訳です。カミーユがふと思い出したのをファが「拾ってしまった」というのがオチなんでございます。ちょっと分かり難いですよね、反省……。しかし、最後のオチがあまりにもお約束なのと「東雲色」なんてものが出てくる辺りは、さすがにちょいとはずいと申しますか……(^^;

 『空』にも出てくる「地球照」ですが、これはちょろりと拘りを持って書いている模様。まだ出てくるんですわこれ。という訳でその話は「Silent Bells」です。

 えぇとあと。年表的に次に来る話が「恋愛症候群」になります。最終ページのカミーユ&ファ編がどうも「Teardrops」の続きみたいになりましたので、よろしければどうぞ(^^)


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