しかし、彼女はそれ以前にはどこにいたものか、その記憶がはっきりしなかった。主任インストラクターのナミカー・コーネルの言葉から、彼女と一緒にニホンのニュータイプ研究所であるムラサメ研にいたことは知った。しかし、そこで何をしていたものか、その後何故キリマンジャロに来ることになったのかがよくわからない。ムラサメ研が正式にティターンズの傘下に入り、ムラサメ研の開発したニュータイプ専用モビルスーツ・サイコガンダムのテストが第二段階に入ったためとナミカーから説明を受けたし、実際にテストを繰り返しているのだからそれは体感できている。では第一段階に何があったのかと問われてもわからないのだ。
ナミカーによると、その第一段階のテストの際、反地球連邦政府組織であるエゥーゴとの実戦に突入、フォウの駆るサイコガンダムはエゥーゴの主力であるガンダムマーク2と交戦し、その結果フォウはそれまでの記憶を失うことになってしまったのだという。
『記憶が欲しければエゥーゴを憎みなさい、フォウ』
ナミカーはいつもそうだ。
自分の心にある空白という名の闇を見透かすかのようなその言い方に、フォウは微かな憤りを感じ、ナミカーを睨み付けては、顔も見たくなくなってその場から立ち去るというのが常だ。そうして一人になってみると、その憤りが大して持続していないのに気付く。記憶がないのが何だというのだ……記憶があってもなくても、私は、私だ。そう自分に向って言葉もなく呟くと、フォウは決められた手順通りに進む日常に歩を進めるのだった。
『どうも教示が効かなくなってきているようだな』
「ホンコン・シティでの影響を払拭しようとするあまり、記憶への執着までも薄めてしまったようですわね」
ニホンに居るムラサメ博士と話しながら、ナミカーはふとため息を漏らした。
彼らの被験者であるフォウの精神強化は、彼女の記憶を奪っておいて、それへの執着をあおることで計られていたものだった。フォウがムラサメ研に来る以前に、一年戦争の混乱でなくした記憶がその端緒だったが、ムラサメ研での日々がそれに代わってフォウの心を満たすようになってからは、彼らはその記憶を奪うという手段に出た。ホンコン・シティでの実戦テストには、それが功を奏した――はずだった。
ホンコン・シティで、フォウはある出会いを経験した。それは最強の敵であるガンダム・マーク2との出会いであり、そして同時に、フォウが記憶への執着を断ち切るまでに心を動かすことになった少年との出会いであった。少年の名はカミーユ・ビダン。元々ティターンズの主力モビルスーツとして開発されていたガンダム・マーク2の開発者の息子であり、そのマーク2を奪取してエゥーゴにつき、そのままマーク2のパイロットとしてエゥーゴの中核となってしまった人物である。まだ少年でありながら、その卓越したセンスの故に戦果を挙げ続ける彼は、ニュータイプであろうと目されていた。
人類が宇宙に進出し、その広大な空間への適応から新たなセンスを身につけた姿、それが人類の革新である『ニュータイプ』へつながるものなのだという説がある。しかし、そのセンスを持つということは、宇宙で戦争をするようになったこの時代では、戦争の道具として高い能力を持っているということに他ならない。如何に効率的に戦果を挙げる戦士を作り出せるか、それがニュータイプ研究所の至上命題であった。実例があまりにも不足しているだけに、各研究所では試行錯誤の日々が続いていた。ムラサメ研でも例外ではなく、記憶への執着を利用した精神強化でフォウを仕上げに掛かったものの、それが本当にニュータイプに対し得るものなのかは、実際にニュータイプにぶつけてみなければわからない。そこへ、地球連邦軍の拠点であったジャブロー攻略に参加したマーク2が、北米から太平洋へ向けて転戦しているとの報告が入った。彼らの目的地は、連邦の新たな拠点と噂されるニューギニアであろうとされた。ニホンのムラサメ研には、これを阻止せよとの命令が下った。研究所のスタッフには、願ってもないチャンスであった。
実際、ホンコン・シティでの戦闘を経験して、フォウの能力は格段に上昇した。しかし、似たような能力を持つ二人が接触したことで、二人は研究所のスタッフが恐れていた道へと足を踏み入れてしまった。先の一年戦争において、初めてニュータイプを実戦に投入したフラナガン機関のレポートにも記載されている、『共鳴現象』とでも呼ばれるような事態である。
|
|