Camille Laboratory Topアルジェントソーマ>創作小説>休息する者・3
(文:東雲 明日香/挿絵:朝貴 千鶴(千羽鶴工房))

「それから、ゲーム屋さんに行って……」
 ハティはずっと今日のお使いのことを話し続けていた。ただ、リウと食べたアイスクリームのことは、何故か口に出せないでいた。聞き手は専らスーで、イネスとマイケルは少し前に作戦室に戻ってしまっていた。
「またスロットマシーン?」
 一緒に出かけたときに二人の窮地を救ったゲームの名前を挙げたスーだが、ハティは首を横に振った。
「ううん。ハティは何もしなかったよ」
「じゃリウが? 何やったの、やっぱ『ザルクでGO』?」
 ……実際にはもっと格好良いタイトルがついているはずだが、スーにとっては『ザルクでGO』らしい。
「ううん。モグラたたき」
「モグラたたきぃ? リウが? 見たかったぁ、それ!」
 その古典的なゲームの名を聞いて、スーはゲラゲラ笑い出した。
「あいつのことだからさ、きっと顔色一つ変えないでぽんぽん叩いててさー、周りに真空地帯作ってたんじゃないのー」
「およしなさいよ、スー。失礼じゃない」
 実際問題、一時はスーが指摘した通りの状態になってはいたのだが、脇で聞いていたギネビアがそうたしなめたとしても、これもいつものことだからスーは堪えない。
「でもさーぁ。あたし達はリウを知ってるから良いけど、全然知らない人から見れば……」
 そこまで口にして、スーもさすがに静かになった。
「皆褒めてたよ。モグラたたきでここまでやる人は居ないって」
 ハティの無垢な言葉に、スーはあっさり立ち直った。
「そりゃ、そもそもモグラたたきをやる人が居ないからねー……あれも、良いゲームなんだけどね。たまにやるにはね」
「よく分かんないけど、お店の最高得点出したんだって」
「何だって?」
 二つ目のホットドッグを食べていたダンが口を挟んだ。こういうことには耳聡い。その顔を見て取って、スーが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あ、そうだー。『ザルクでGO』の最高記録保持者はあたしだからねー」
「いいや。僕とタイ記録だ」
 二人の視線が一瞬絡む。つまり二人ともMAXの数値をたたき出したらしい。そんな二人を見て、ギネビアがくすくす笑い出す。
「ゲームでまで張り合わなくったっていいじゃない」
「そう言うギネビアはやらなかったの?」
「そういえば行かなかったわね」
 ギネビアの時はブティックで時間を食いすぎて、ゲームどころではなかったのである。
「モグラたたきか……」
 そう言いながらホットドッグを頬張るダンの表情は無駄に真剣そのものだ。スーとギネビアは思わず顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。

「あれ、リウは?」
 会話が途切れて、きょろきょろとラウンジを見回すハティの視界に、彼の姿は映らなかった。
「少し前に帰ったわよ。さすがに今日は疲れてるみたいだし」
 ギネビアの言葉に、ハティの顔色がさぁっと変わる。
「そんな……」
 勢い良く席を立ち、ハティは走り出した。腰を浮かしたスーの背中を、ギネビアが軽く叩いた。
「行かせてあげなさい、何か大事な用があるみたいよ」
「そうみたいねー」
 座り直したスーが、はぁっと溜息をつく。
「どうしたの」
「何かさ、ちょっとショックだったなー」
「何が?」
 ダンまでが気になるのか、沈むスーにそう問い掛けた。
「ハティ、凄く楽しそうだったんだもん。あいつと一日一緒だったってのに」
「良かったじゃない」
「そうだけどさー、何か心配して損したーって言うか、あんなに楽しそうなんだもん。ちょっと、悔しいかなぁって」
 スーの言いたいことは、ダンとギネビアにも分からなくもなかった。着任早々、ザルク5でエイリアンの目の前へハティを連れ出したリウのこと、人当たりがお世辞にも良いとは言えない彼が、ハティを一日どう連れ回すのか、気が気ではなかったといえば嘘になる。であればこそ、待機任務中であるかどうかに関わらず、この件を知るAクラスの戦闘要員が全員本部に顔を揃えて二人の帰りを待っていたのだ。確かに最近、ハティはリウに懐いてきた感もなくはないが、問題を起こすならリウの方に違いない。
 なのに、何事もなかったかのような顔をしてリウはハティを連れ帰り、そのハティから返って来る感想は、とにかく楽しかったの一言なのだ。そして彼が先に帰ったと聞けば、あんな風に飛んでいってしまうのだ。口紅を買って貰っただとか、そういったことではなく、何かがハティの心を掴んだのだろう。あの未だにどこか得体の知れない男に、一体何があるというのだろうか。
「それにさ、リウはリウで全然堪えてないじゃない。ぜーんぶ注文通りに買ってきて、なのに結果的に皆丸く収まってるじゃない。何か悔しい〜」
「なんだ、そんなことだったの」
 ギネビアが口の端にふわりと微笑を浮かべた。
 イネスのトレーディングカードは、手持ちのカードと合わせて、ほぼコンプリート間違いなしである。ダブったカードを放出すれば、いずれレアカードも入手できるだろう。
 マイケルのホットドッグは、小ぶりのものを選んだのが功を奏して、皆のお腹にきっちり収まってしまった。
 ダンは10缶もの紅茶、中にはラプサンスーチョンという爆弾を抱えながらも、他の銘柄が色々飲めてその辺は満足。
 ギネビアはリウを化粧品店に行かせただけの甲斐はあったようだし、自分の時より多いサンプルがどこか釈然としないものの、これはこれで良いわねと思っていたりする。
 スーはといえば、まさかこのサイズのトーテムポールを買って来るとは思わなかったから、一体どうやって持って帰ろうか頭が痛い。がしかし。
『まぁ……自分では買わないよね、これは』
 そう思えば、リウが買ってきてくれたのが何だか嬉しかったりもするのだ。
「ま、これで任務も一巡。リウも立派にそれを果たしたってことさ」
 ダンはそう言って、どこか安堵したような笑みを浮かべながら、食べ終えたホットドッグの包みを手のひらで丸めた。


 静まり返ったその牢獄に、銀色の巨人はそっとうずくまっていた。いつもと変わらない様子のフランクを見上げて、リウはふとこんなことを口にした。
「なぁ……お前、あの娘と居て疲れないか?」
 その問い掛けは聞こえているはずだが、フランクが答える様子はなかった。なのに、フランクの目は何処か笑っているように見える。
 今日のリウの疲れはハティのせいだけではないが、フランクもハティの好きに振り回されているのではないか、などという感慨が胸中を掠めたらしい。――自分と同じように。
 俺はどうかしている……リウがそう頭を振った時のことだ。
「やっぱりここだった! 帰っちゃったって聞いたけど」
 甲高い少女の声が響いて、リウが振り返った先からハティが駆けてくる。
「何か用か」
「うん、これ、渡してなくって」

by 朝貴千鶴


 ジャケットのポケットからハティが取り出してみせたのは、あの土産物屋の紙袋だ。受け取って中を開けてみると、どこか見覚えのある民芸品が出てきた。
「ドリームキャッチャー。前にリウにあげるねって約束したでしょ」
 そういえばそんな話があったような気もする。確か、この場所で。
 最初に街へ出かけた時、フランクへのお土産だと言って、ハティが買ってきたドリームキャッチャー。それは悪い夢を捕まえてくれるのだという。
『リウは見るんでしょ、悪い夢』
 少女の発した、そのあまりに無垢な言葉に、つい声を荒げた自分。
「前に行ったときは売り切れちゃってたの。お店の人にお願いしておいたらね、今日はお店にあったから、買ってきたの」
 だからあの土産物屋を出るのに、少し遅れてきたのか。リウはやっと合点が行った。手にした民芸品を見ていたその視界に、少女の手が重なった。視線をその緑の瞳に移すと、少女は重ねた手をそっと握って微笑んだ。
「これでもう悪い夢は見ないからね、良い夢を見てね。おやすみなさい、リウ。おやすみなさい、フランク」
 そう言って、ハティは手を振りながらジェイルを後にした。その厚い扉が閉まる直前、逆光の中で振り向いた少女の口が微かに開く。
『ありがとう』
 声は届かなかったが、リウにはその言葉が確かに聞こえていた。扉が閉まる音の残響の中、リウは少女の消えた闇を見遣っていた。


 誰も待つ者の居ない部屋へ帰り、リウは明かりもつけないままベッドに身を投げ出した。
「ドリームキャッチャー、か」
 悪夢を喰らうというその民芸品に、自嘲気味の笑みがこぼれた。
 あの少女が、あんな他愛のない約束を守るとは思わなかった。
 無論、こちらは期待などしていなかったが。
 大体この現実という名の悪夢から覚めるには、こんなものでは間に合わない。
 この悪夢から覚めるためには……

 いつしか眠りに落ち、心地良い夢を見た。
 星の海をたゆたうような感覚を、目覚めの時まで覚えていた。
 身も心も安らぐような、本当の意味での休息など、あの日以来初めてのような気がする。
 その安らぎをもたらしてくれたのは彼女だと……その考えを払うように頭を振って、リウは窓の外の朝の青空を見詰めていた。

(0312.08)



朝貴千鶴さんのコメント

 この『休息する者』は、1と2の執筆を私、朝貴千鶴が担当し、後に完結編にあたる3を東雲明日香さんが書いて下さっています。
 そもそもは私が書くだけ書いて一年以上完結させずに放置していたSSなのですが(アイター…)、東雲さんからメールを頂き、そのやり取りを通じて彼女に完結編をお願いする事となりました。
 正直、自分の書きかけのSSを人様にお任せするのは少々不安があったのですが、出来上がったSSは想像以上に良い出来栄えで、「これ、本当に頂いちゃって良いんですか!?」とメールで問いただしてしまった程です(笑)。幸い、彼女とかなり近い「アルソマ観」、もしくは「リウハティ観」をしていたらしく(笑)、何の指定もしていないのに私がだいたい決めていたあらすじの通りに、しかしそれ以上に仕上げて下さいました。
 ミスターとリックが出てくるとは、やりますね東雲さん!(笑)

 今回は私のほうも他にやりたいSSのネタが何本かあったので、もう『休息』の完結は無理だろうから、ページを消そうかな、と思っていた矢先の申し出で、まさに「渡りに船」。しかもこんなに素敵な完結編を書いていただいて、東雲さんには感謝しても感謝しきれません。ありがとうございました!
 また、書いて貰った文をアップするだけでは芸が無い!という事で、私の独断で挿絵もどきなんぞ付けさせて頂きました。数が少ない上に、色もついてないんですけれど(滝汗)。東雲さんの文のイメージを壊していないことを祈ります…。(苦笑) 東雲さん、ありがとうございました!!

2003.11.25
朝貴千鶴(千羽鶴工房)



しののめのあとがき

 まえがきで既に書いてしまってますが、改めて書かせていただけて感謝することしきりです。本当にありがとうございました>朝貴千鶴さま 挿絵もほんと愛らしくて、嬉しい限りです。
 CDドラマ第1話では、「ハティとスーの珍道中」だったのが、ハティとリウならどうなってしまうのか? というお題は実に楽しいものでして、本編ではなかなかこういう雰囲気になってくれないものですから、ここぞとばかりに勢いで連ねてしまいました。あー……飢えとるんやな自分(^^; CDドラマねた、という意味では自分でもまた書いてみたいなと思っています(^^) あとコメントの日付が合わないのは、こちらで再度手を入れさせていただいていたからです。

 因みにタクトとリックの会話で出てくる「エンタープライズ(OV-101)」は実在の機体です。2003年現在現役の空母ならCVN-65で、事典などで散々出している「スタートレック」シリーズに出てくる架空の宇宙船ならNCC-1701(他)というナンバーになるんで、敢えてナンバーを出した次第。いやそのスタートレックのファンのおかげで「エンタープライズ」という名前になったという曰くつきの実験機なんですけどね(^^;


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