Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>on cloud nine

■on cloud nine : drop from the clouds

「なんだ、諦めるのか」
 そう低く呟いたキョウの声に、リョーコは目を瞬いた。彼が向ける視線の先に、亜麻色の髪を結った横顔が過ぎる。
「あ、あれ副会長……生徒会長と一緒なんだ」
 リョーコが目聡く見つけた二人をそう呼ぶのに、キョウは笑ってみせた。
「あぁ。折角ここの玉子フライのこと教えてやったのにさ」
「こんな行列だもん、仕方ないよ。後でまた並ぶつもりなんじゃない?」
「かもな」
 キョウとリョーコはさっきからずっと、露店から折れて境内の奥に伸びている玉子フライの列に並び続けている。どうも今期の行列の長さはイレギュラーのようだ。いつもなら、ここまで長くはならないはずなのに。それでもこの玉子フライを食べなければ、舞浜の夏祭りに来た意味が半減する。二人は、いや玉子フライを待つ全員が、舞浜市民の意地でこの行列に並んでいるのだ。
「足、大丈夫か?」
 そう気遣ってくれるキョウの声が、いつになく優しい。そう思えて、リョーコは微笑を返した。
「うん、今は平気。ずっと並んでて、却って良かったみたい」
「そうか」
 いつもならあちこち歩き回って、リョーコはすっかり足を痛めている頃だ。そう思えば、このイレギュラーな行列も悪くはないのか。
 どんなに気遣ってやっても、慣れない鼻緒は必ずリョーコの足を傷つける。大丈夫だからと気丈に言いながらも、どこか辛そうな表情を隠せないリョーコを、キョウは必ず負ぶって帰ることになる。
『ごめんね、キョウちゃん』
『気にするなよ、帰るとこ同じだし』
 夏祭りが来る度に毎回繰り返されるその会話を、今回もすることになるのだろうか。浴衣越しに、リョーコの体温を感じながら。
 ふと考え込んだキョウの顔を、リョーコがじぃっと覗き込んでいる。
「どうした、カミナギ」
「さっき玉子フライのこと教えてやった、って、生徒会長に? 何で?」
 そのリョーコの尤もな質問に、キョウは思わず言葉を失った。ややおいて、口を開く。
「水泳部のことで生徒会室に行ったら、生徒会長から色々訊かれたんだよ」
 前半は誤魔化したが、後半は嘘を付いていない。
「ふぅん。副会長に良いとこ見せたいんだ、生徒会長も」
「そうだな」
 リョーコの言う通りだから、二人が消えた方を見遣るキョウの表情も穏やかだ。その横顔を見遣って、リョーコも表情を緩める。そして。
「あ、キョウちゃん、前」
 二人が列を詰めるのに、キョウがリョーコの足元を見てくれている。それが嬉しくて、リョーコはつい自分からキョウの腕を取った。その腕に頬を寄せて目を細めるリョーコの顔をやや見下ろして、微かに見開いていたキョウの目蓋がふと伏せ加減になり、瞳に影を落とす。

 今夜は舞浜の夏祭り。繰り返される5ヶ月の日々の中で一番賑やかな、恋人達のための夜。

 それでも祭りが終わればいつもと同じ日常が帰ってくることをキョウは知っているから、密かな痛みは胸の奥に仕舞いこんで、そのまま黙って夜空を彩る花火を見上げるのだった。


(0702.17)




あとがき

 ということで、シマがキョウを見つけられなかったのは行列に並んでいたからだったのでした。

 話を戻しまして、今回はキョウちゃんとカミナギの浴衣話「side-by-side」、シズノ先輩の浴衣話「one and only」に続く浴衣シリーズ第3弾、ミナト編です。「副会長と綿菓子(本文では英語の“Cotton Candy”に合わせて綿飴)」というリクエストを頂戴してから随分時間が掛かりましたがようやくこの形になりました。楽しいお題をありがとうございました。ミナト編というからには生徒会長ももれなく付いてきますとはいえ、キョウの出番が妙に多いのは……それも織り込み済みということで(^^;

 冒頭とラストは#10「また、夏が来る」での夏祭り、途中の過去話はミナトの初めての夏祭りということで、キョウは5ループ目を想定しています。ミナトのサルベージの時期は全くの想像の範囲ということでご了承ください。イリエ先輩も、まぁこの頃にはオケアノスに居ても良いよなぁと。浴衣の着付けの指南役ありがとうイリエ先輩。因みにイリエの浴衣の女郎花の花言葉は「心づくし」です。

 キョウがシマの指南役を務めた舞浜の名物、焼きアサリ玉子フライ。前者は漁師町だった浦安ならではの名物とはいえ現地の祭りで売られているのかは調べが付かなかったものの、後者は実際に浦安の祭りでの名物なのだそうです。焼きアサリはどんなものか想像がつくけど、玉子フライは食べてみないとちょっと分からないなぁということで(^^; ゼーガ#10本編に出てくる「いわな」はちょっと謎です。海の町の夏祭りに何故に渓流の魚が〜。

 で、ミナトが言うオーストラリアのシーフードバーベキュー。こちらは2005年の愛知万博のオーストラリア館のレストラン「ザ・バーベキュー」で食べたエビのバーべキューを思い出しながら書いてました。レモンが香るあっさりした味で美味しかったんですよー。浦安の焼きアサリは醤油だれなので全然味が違う日本風のものですけれど、シーフードを串焼きにするという点では似たようなものにミナトの目には映ったのでしょう。本命の綿飴については本文の通りです。

 綿飴→雲→ミナトはまさに“on cloud nine”だなーという連想で出来たお話ですが、「九番目の天国」は、“on cloud nine”の由来の一つとされるダンテ『神曲』の“the ninth heaven”でして微妙に言葉が違いますがご容赦のほど。何でこの言い回しを知っていたのかというに、ガンダムXにまんまクラウド9というのが出てくるからでした(^^

 TOPのweb拍手のお礼画面3本が同様に夏祭り小ネタ集(イリエ、中華組、AI編)になってます。またこちらもどうぞです。


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