Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>side-by-side

【RYOKO side】

「どーしたらいーんだろ……」
 カミナギ・リョーコは、自宅の姿見の前で立ち尽くしていた。
 窓の外はどんどん闇に包まれてゆき、時計の針は無情に進んでゆく。
 なのに、彼女には立ち尽くすしかなかったのだ。

 先日の公園での一件以来、どうもソゴル・キョウとはぎくしゃくした関係が続いていた。今ではかなり一方的にリョーコがへそを曲げ続けているのだけれど、あんな事を言っておいて平然として悪びれた様子もないキョウを見ればやはり腹立たしいのだ。でももうそろそろリョーコも限界、険悪なままのキョウとカワグチの仲を取り持つついでに、自分もキョウと仲直りできはしないかと、夏祭りに皆で行こうと誘ってみたのである。とはいえ、こちらから折れるのも何だか癪に障るので、夏祭りの話をしてから数日、キョウとはまともに顔を合わせられないままでいた。

 水泳部にハヤセとウシオ、そしてミサキ・シズノが入ったこともあり、キョウは連日、舞浜南高校のプールで泳いでいる。キョウちゃんは良いよね、泳いでいれば幸せな水泳バカなんだから。そう揶揄できるのも、キョウの頭がどうやら水泳のことで一杯のようだと知れるからだ。少し前までは、水泳部どころではない何かに悩んでいたようなのに──だからこそ、あんなことになったのに。
「キョウちゃんのバカ」
 口に出してみると、何だか更に馬鹿馬鹿しい。

 ただ、リョーコの方も、最近はキョウにばかり構っているという訳にもいかないでいた。映研部室で見つけた河能亨の作品、『世界の終わりの一日』が気になって仕方ない。ミズキに付き合ってもらって、彼がカメラを構えた場所を辿ってみた。彼が記録した世界には、あるべき人影がなかった。空虚な街は、リョーコに本物の世界とは何かを問い掛ける。彼の映像の中にある世界と、自分が見ている世界。果たして、どちらが本物なのか。そして『世界が終わる瞬間まで』カメラを回し続けたという河能亨は、リョーコが描きたいものは何なのかを問い掛ける。

 ふとリョーコの心に浮かんだ物語はまるで御伽噺だ。それでも、後から後からイメージは湧き出し、手にしたペンの先から言葉が溢れ出す。気がつけば徹夜でシナリオを書き上げていた。それは一学期終業式の朝。今夜は、夏祭り。
『リョーコも素直になんなよ!』
 ロケハンに付き合ってくれたミズキの言葉もまた、河能亨の作品と同様にリョーコの胸に引っ掛かっていた。だからなのか、脳裏に浮かぶ物語の中で、主人公の少年にはキョウのイメージが重なり続ける。前に書いたシナリオでもキョウを意識してはいたけれど、まるで御伽噺のようで現実味のない今回のシナリオ『虹の記憶』の方が、どういう訳か──彼の印象がリアルな気がする。素直になるってこういうこと? 今夜ハヤセに告白すると打ち明けてくれたミズキの目には、自分はどう映っているのだろう。

 結局、同じ教室で過ごす最後の日だというのに、キョウには声も掛けられないまま一学期が終わった。徹夜明けの気だるさにうたたねをしていたリョーコは、コージーの声に慌てて飛び起きた。
「ねーちゃーん、浴衣着せてよー」
 気がつけばもう午後5時を回っている。コージーの子供の浴衣を手早く着せてやって送り出してから、携帯を手にとった。

『7時に下で待ってるからね』
 折角の夏祭りなのだから、浴衣を着よう。赤い地に金魚模様、ちょっと子供っぽいかもしれないけれど、飛び切り可愛いあの浴衣。浴衣だと歩くのに時間が掛かるよね、と先手を打ってキョウに早めの時間での待ち合わせのメールを出しておく。それから、リョーコの孤軍奮闘が始まった。コージーに着せてやるのはともかく、自分で浴衣を着るとなればそれなりに時間は掛かる。問題は帯だ。結び方を色々調べてその通りに結んでみても、どうもうまくいかない。焦ってるからだとは思うのだけれど、帯が決まらなければ本当に子供の浴衣になってしまう。
 ミズキは今夜勝負なんだから、気合入れて来るんだろうな。
 シズノ先輩も来るって言ってたし。先輩の浴衣、素敵なんだろうな。
 キョウちゃんも着てくるよね、浴衣。
 そう思えば、一人、鏡の前で途方に暮れている訳にはいかない。
 よしっ、と気合を入れて結んでみたら、帯は突然きっちり結べてしまった。
 兵児帯でごく普通にリボン結び。確かに簡単だけど、これでいっか。
 ま、こんなもんだよねーと思って、鏡の前でくるっと回ってみる。
 何か足りないなぁ……と、ふと額に落ちた前髪を払う。
 そのまま片手で髪を押さえて、もう片方の手でヘアピンを探して、前髪を留めてみた。
「これでよしっ」
 身支度を済ませて、玄関に鍵を掛けたのは丁度午後7時前。エレベーターでロビーに下りれば、丁度キョウとの待ち合わせ時間になる。なんとか、間に合った。


「わりぃ、待たせたな、カミナギ」
 マンションのロビーを小走りに突っ切って、キョウが姿を見せた。リョーコはキョウに応えて、猫の小物入れを下げた手で袖を持って手を振った。何でだろう、自然と笑顔になる──学校では顔も合わせられなかったのに。浴衣だからかな。
「いいよ、私も今来たとこだし。キョウちゃんも浴衣なんだ」
「お前だって着てんじゃん」
 そういうキョウに、リョーコはにっこり微笑んだ。やっぱり頑張った甲斐があったよね、と思う。
 その上、やっぱりキョウも浴衣を着てきてくれた。そんな気がしていた。浴衣を着ていくとは一言も言わなかったけど、何だか心が通じ合ったみたい。それが、リョーコには嬉しかったのだ。
「可愛いっしょ?」
「馬子にも衣装って言うしなー」
「何よそれ」
 プン、と頬を膨らませて怒ってみせるが、リョーコが覗き見たキョウはいつになくにこやかだ。そりゃそうよね、こんな可愛い子連れて夏祭りに行くんだものね。リョーコはそう頭の中で自分に都合の良い言葉を並べると、ロビーの時計に目をやった。
「あ、急がなきゃ。皆待たせちゃう」
「大丈夫だよ、ゆっくり行こうぜ」
 リョーコの足元に目をやってキョウはそう言うと、言葉通りゆっくり歩き出した。それは、浴衣を着ているリョーコへのキョウなりの気遣いだ。何時の間にそんなことを覚えたのか……キョウちゃんキョウちゃんと、幼なじみの気安さで付き合っているのに、彼はリョーコが知らないうちにどこか大人びた顔を見せるようになっている。リョーコの知らない彼がそこに居る。夏祭りに二人で行くなんて小学生以来のことだ、子供の頃ならともかく、こんな浴衣を着た彼と歩くのは初めてのことだ。相変わらず口は悪いのに、何時の間に、キョウはリョーコを置いて大人になってしまったのだろう。何が彼を、大人にしてしまったのだろう。ついそんなことを考えて、足が止まった。不可思議な静けさの中、互いを見遣る視線が通い合った。
「どした、カミナギ?」
「ううん、何でもない」
 浴衣の裾をつまんで、小走りに彼に追いつく。ちゃんとキョウちゃんに追いつこう。その想いが、今のリョーコを突き動かしていた。歩みを止めてリョーコを待ってくれている、一緒に並んで歩いてくれる。それがリョーコの知っているソゴル・キョウなのだから。



【おまけオチ】

「えーっえーっ何で皆揃って浴衣なの?」
 ミズキはともかく、トミガイに、ウシオやカワグチまで全員浴衣で顔を揃えるとは、リョーコの予想外の光景だった。
「だってここの夏祭り、浴衣だと特典があるんだもん」
「だから去年皆で浴衣買ったんだよなー」
「そうそう」
「何だよカミナギ、お前知らなかったのかよ?」
 そんなはずはない。そういえばそうだったかも知れない。キョウと自分だけ浴衣で揃えてて浮くよりは、余程良かったか。でも何だか少し悔しい。どうも一人で舞い上がってしまっていたらしい、リョーコの胸中は、複雑だった。


(0607.05)



あとがき

 初のゼーガ話です。当然ながらキョウちゃんとカミナギです。
 元ネタは#10「また、夏が来る」での夏祭り。ちゃんと一人で浴衣が着れるキョウちゃんたち偉い。ということで。
 キョウの帯は多分貝の口で良いと思うんですが、吉弥結びとか神田結びもぱっと見似てるもので。ウシオはリボン結びにしてたけど、浴衣の柄が柄だったんであれで面白いかなーとか。にしてもカワグチのケロちゃんと生徒会長の蝙蝠柄がイカス。あんなの着こなせるのあんたらしかおらん(^^;  因みに白地の浴衣は本来日中に着るものなんですが、まぁフォセッタは夏祭りに出掛ける訳じゃないからいいかなーということで、細かいところは見逃してやってください。中3の時に買ったとか、一切合財想像の産物ですので(_o_)

 何でまた初めて書いたゼーガ話で最初に出てくる女の子がフォセッタなのかが謎ですが、オチはちゃんとリョーコなので。最初ラストをリョーコ視点で書いてしまって、キョウ視点で書き始めておいて、さすがにそれはまずかろうということでキョウ視点で書き直したんですが、リョーコ視点のラストも捨てがたく、えーいとばかりにキョウ編とリョーコ編の2本立てです。最初からこれかよ……(^^;

 しかしきれーさっぱりシズノのことを忘れてるなんて、酷いよキョウちゃん。つても、キョウとリョーコが連れ立って神社に来たのをこっそり見届けて、「急用が出来たの」とかってキョウにメールして集合場所には行かなかったというのがオチかなぁ、とか思ってしまうのですが。シズノ先輩ってば不憫だ。

 ……つう訳でというのでもないんですが、シズノ先輩の浴衣話「one and only」、そしてミナトの浴衣話「on cloud nine」もどうぞです。

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